きらいきらいきらいだいっきらい。

 おまじないみたいに毎日毎日唱えていたら本当にそうなるかな、と思っていた。だいたい、あいつ、性格が壊滅的に悪い。人のことなんだと思ってるんだ、あの罵詈雑言。
 きらいきらいきらい世界でいちばん嫌い。

 ・・・・・・・・・・そうなれたら、どんなに良いだろうと思っているから、今日もあたしはおまじないを唱える。


Hate you , Love you


「ア・ヤ・さーん!」

「・・・・・何よ。」

「宿題見せて。」


 あたしが教室の自分の席にたどりつくなり、語尾にハートマークまで付きそうな勢いでキョウが来て言った。朝の挨拶より何より先にそれを言うかこの男は。都合の良いときだけ"さん"付けで呼びやがって、ちくしょう。


「やってない。」

「はぁ?使えねぇなーアヤ。」

「最初から他力本願なお前には言われたくない!」


 言いながらペンケースを机にたたきつけると、キョウはにやにやしながら「おー怖」とつぶやく。つくづく人の神経逆なでするのが好きなやつだ。あたしはこいつの、この顔がいちばん嫌い。人を馬鹿にしてる顔。


「死ね。」

「朝から気ィたってんなー姐さん。カルシウム、足りてる?」

「原因はカルシウム不足じゃなくて明らかにお前だってことに気付け、馬鹿キョウ!」

「口悪ィなーアヤ。それじゃいつまで経ってもオトコできないぞ。」


 ほっといてくれ。無視を決めこんだあたしは、キョウに一瞥をくれてから一限目の科学の教科書を出す。てゆうか、お前がそれを言うなよ。1ミリグラムでいいから、とりあえずデリカシーを持ってくれ。きらいきらい藤野キョウなんて大嫌いだ。何にも知らないくせに。お前がそれを言うなよ。


「ただでさえ女のミリョクに欠けるんだから、せめて口調ぐらいオシトヤカにしたらどーだァ?」

「・・・・・オンナのいないお前に言われたくない。」

「俺様はミリョク的だからすぐに彼女のひとつやふたつ!でも、ま、アヤがオシトヤカだっらそれはそれでキモイか!」


 あはははは、とキョウは言うだけ言って笑いながら席に戻った。本当に一回死ねばいいのにと思う。誰が"女のミリョクに欠ける"って? "俺様はミリョク的"?
 ほざくなクソガキ!しばいたろか!!
 でもあたしは知ってる。あたしがこんなにキョウにむかついてるのは、キョウが言ったことが本当だからだ。あたしがオシトヤカしてたら、天変地異の前触れか何かのように扱われそうだし、正直自分でもオシトヤカな自分なんかキモイとは思う。
 だからってキョウが言わなくても、いい。
 きらいきらいきらい大ッ嫌い。藤野キョウも、――――――こういう自分も、大ッ嫌い。




 四限終了のチャイムが鳴ると同時に、あたしはふ、と息を吐いた。弁当はたいてい三限後の15分休みに食べてしまうから(それがあたしの学校では常識化されてる)、昼休みには割と時間がある。だからうちのクラスの男子共は体育館に繰り出してはバスケだの、ハンドだの、ドッヂだのをやっている。そして。


「アヤー、バスケやるから来いよ!」


 このあたしにもお誘いがかかるのである。明らかに女扱いされてない。この長身がいけないのか、それともこの性格がいけないのか。てゆうか藤野キョウ、オシトヤカとか言う前にバスケに誘うのやめたらどーだ。その誘いに乗ってるあたしもあたしなんだ、ってことには気付いてる。でも、昼休みに女のコ同士でおしゃべりしてるよりは、体育館を走り回って男子とバスケに興じているほうがよっぽどらしい・・・と思うのだ。お弁当を広げた友人は、呆れたような顔であたしを見送った。

 いちいちジャージに着替えるのなんて面倒くさいから、ハーフパンツだけ制服のスカートの下に履いてブレザーを脱ぐ。それがあたしの戦闘スタイルだ。


「アヤ!」

「はい!」


 パスをもらって一瞬だけゴール近くの味方に目を移す。パスのコースを塞ぎに来たやつをおちょくるように、ドリブルですこし下がる。ここからなら、スリーポイント。
 下手に前に出るより、こっちの方がずっとよく決まる。女子にしてはでかいとはいえ、男子に至近距離でガードされたら身動きが取れなくなる。あたしはこの昼休み、もっぱらスリーポイント狙いだ。
 弧を描いてあたしの手を離れていったボールは、狙いどおりストン、とゴールを通り抜けた。


「・・・・・・・・女子バスケ部よりよっぽどサマになってるんだから嫌味だよな、アヤ。」

「素直に誉めろよ、田中。」

「むしろバスケ部じゃない女子で、スリーポイント決めるなんて芸当ができるのアヤぐらい?」

「・・・・・遠回しにあたしが女だってこと否定してるわけ?」

「いやいや滅相もない。」


 おどけて言ったチームメイトの田中は、すれ違い様ニヤリと笑ってのたまった。


「あと30点は稼いで下さいよ、姐さん。」

「・・・・・あと5分しか無いっつーの!」




 あたしにとっていちばんキツイのは残りの5分だ。男子と女子の体力の差もある。それにゲームが切迫してくると、あたしに対する"当たり"も激しくなるのだ。ゲームが始まったばかりのころは一応気を遣ってくれてはいるようだが、終盤になるとあたしに対する遠慮が無くなってくる。加えて、このゲームは遊びだから審判がいない。だからファウルなんかない。平たく言えば、タックルまがいのことをされる可能性もあると言うこと。


「アヤ!」

「はい、・・・・・ッぅわ!」


 ――――――例えば、パスをもらった瞬間こんな風に。やばいと思ったときにはすでに遅かった。足首に激痛。思いっきり盛大にこけた。


「アヤ、悪ィ!!」

「あ、ん―――大丈夫大丈夫。」

「キョウ!アヤがこけたー!!」

「え、なにその報告。」

「大丈夫かー?」

「ん、ちょっと足首ひねったかも。」

「まじ?本当ごめん、俺そういうつもり無かったんだけど・・・・・」


 あたしにぶつかったやつとまわりにいたやつはあたしを囲んで口々に何か言う。その男子諸君をかきわけて、藤野キョウが顔を出した。いつになく怖い顔である。


「・・・・・保健室、行くぞ。アヤ立てるか。」

「・・・・・微妙。」

「なら腕貸せ。おい、タケ。お前もついて来いよ、一応加害者なんだから。」

「おう。」


 タケは眉を八の字に垂れて、人の良い顔で遠慮がちにあたしに腕を貸してくれた。キョウは乱暴にあたしの二の腕あたりをつかんでいる。キョウは保健室に着くまで終始無言だった。何を考えていたかなんてあたしにはわからない。あぁ参ったな、当分バスケはおあずけだ。


「アヤちゃんは女の子なんだから、バスケ一緒にやるなら気ィ遣ってあげないと駄目でしょ!」


 あたしの足首を見るなり顔をしかめた保健医のひーちゃんは、包帯を巻きながらキョウとタケに言った。小柄で、ふわふわした見た目のひーちゃんがあたしなんかに"女の子"なんて単語を使うと、くすぐったくてしょうがないんだけど。タケはすっかり小さくなってしまっている。一緒にバスケをするのも、これが潮時かもしれない。あたしはこーやって男にも女にもなりきれないのだ。とりあえずタケがこれ以上へこまないように、にへらと笑う。


「だいじょーぶ、あたし頑丈にできてるから。タケ、気にしなくて良いよ。」

「ほんとごめんな。」

「いいって。わざとじゃないのは分ってるから。」

「アヤの言うとおりだぞー。こいつはちょっとやそっとのことで壊れたりしない鉄の女だから。つーか、女なんて呼んだら世間一般の女に失礼だ。気にすんな、タケ。」

「黙れキョウ。」

「ちょっとキョウくん。」


 低い声でうなったあたしと、咎めるようなひーちゃんの声にチャイムの音が重なった。昼休みの終りを告げる、予鈴。キョウの発言ですこし笑ったタケが、キョウが言ったことに安心して立ち直りかけているのは事実だ。
 だけど、キョウが言ったこと全部。あたしが、痛い。
 人間はどこかが弱ってると、心まで弱くなるらしい。いつもならそんなこと言われても平気のなのに、・・・・・平気なふり、できるのに今はちょっと泣きそうになった。ひーちゃんはそれを見透かしたように、そっと助け船を出してくれた。


「アヤちゃん、ちょっと寝不足気味なんじゃない?次、寝てく?」

「んー、じゃぁそうしようかな。」

「ひーちゃん、サボりを推奨するような発言はまずいんじゃね?」

「キョウくんは黙ってなさい。タケちゃんはアヤちゃんのためにノートを取ってあげること。ほら、本鈴鳴らないうちに帰りなさいよー。」


 足首が痛いから、心も痛い。キョウがタケを励まそうとして言ったんだってことは分かってる。いつもはテキトーだけどちゃんと気遣いができることも知ってる。深刻に考えすぎるきらいのあるタケを、気遣って言ったんだってことは分かってる。
 でも、あそこまで言うことなかったじゃん。女になりそこねた身長が悪いのか、かわいげのない性格が悪いのか。あたしも傷つくんだよ、て言えたらいいのか。

 きらいきらいきらいキョウなんて。だいっきらい。

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