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バスケットコートの中でボールを弾ませながら楽しそうな声が聞こえる。 「皆、お疲れ様!はい、タオル!あと、レモン漬け用意したよ!」 「それより続きやろうぜ!もっかいスリーオンスリーだ!」 「いい加減にしろ、これで何回目なのだよ!」 「僕はもう疲れました…少し休憩します」 「俺も疲れたしー…お菓子食べたい」 「テツヤと敦が休憩すると人数が足りなくなるな。一度休憩にするか」 「あ、待ってほしいっス!それなら…」 明るい金髪を揺らしながら彼がこちらを振り向いた。 「ねぇ!高尾っちと火神っちも一緒にやらないっスか!」 俺達に手を振る彼は、太陽の様に眩しい笑みを浮かべていた。 「ねぇ、いつも近場じゃ味気ないし、昔みたいに皆で合宿したいっス!」 どこにでもある、平凡なその一言がきっかけだった。 キセキの世代と呼ばれた俺達と黒子っちと桃っちは、 徐々に関係が悪くなり三年の全中を最後にその絆は途絶えた。 だけど高校に入って、黒子っちと火神っちと試合をして、そして負けて…俺達は目が醒めたかの様に世界が色付いた。 高一のWCで赤司っちも周りを見る様になり、 自然と別れていた時間を埋めるように共にいる時間が増えた俺達は、 気付けば帝光時代よりも絆が深まっていた。 やがてわだかまりが解けた俺達の中に火神っちと高尾っちも加わり、 俺達の関係は誰にも切ることは出来ないくらい固い絆で結ばれていた。 それは大学生になっても変わらなかった。 進学した学校や履修が同じ訳ではないので全員揃うことは稀だが、 それでもよく集まってはバスケをしたり、ご飯を食べに行った。 今日は久しぶりに全員揃い、 赤司っちオススメのお店で昼食を食べながらこの後はいつも通りバスケをするか、 それともたまには別の事をするかと話していた時、 俺は関係が戻ってからずっと思っていた事を口にしてみた。 そして冒頭の言葉に戻る。 「合宿…ですか?」 「旅行でもいいっスよ?九人全員で遠出ってしたことないからしてみないなぁって」 「ふむ…」 赤司っちが何か考えるように口に手を当てた。 「そうだな。もうすぐ夏休みに入るし、それも悪くないな」 「確かに、普段は近くでストバスするのがせいぜいだ。俺は構わないのだよ」 「俺も賛成!このメンバーで旅行とか!考えるだけで楽しい!」 緑間っちと高尾っちも頷く。 「俺はバスケが出来ればなんでもいい」 「お前、そればっかだな。……まぁ俺もそうだけど」 「まったくこの二人は…、僕も賛成です」 青峰っちと火神っちは面倒そうに言うが、本心は乗り気なのか楽しそうだ。 黒子っちも文句なしに賛成してくれる。 「美味しー食べ物があるところがいいなー」 「あと景色が良い所もいいよね!」 紫原っちの言葉に頷いた桃っちが携帯電話を取り出し場所を検索し始めた。 反対されなかった事にホッとしつつ、 皆で出掛けられるのだと思うと嬉しくて笑みがこぼれそうだ。 「じゃあまず日程を決めようか。皆、空いている日を言ってくれ」 赤司っちに言われて、皆自分のスケジュールを口々に言い、 黒子っちがそれをノートに綴っていった。 しかし、やはりと言うべきか…それぞれ課題やバスケなど抱えているものがあり、 九人全員が揃う日はなかった。 「一泊二日の旅行すら全員揃う事が難しいなんて……」 黒子っちがノートを見ながらため息を吐く。 それを横から覗き込んでいた高尾っちが綺麗な字で綴られた文字をなぞった。 「あ、でもさ。ここなら、俺と火神以外は空いてるよな。俺達抜きで行ってきたら?」 軽い調子で言われた高尾っちの言葉に、真っ先に俺と緑間っちが反応する。 「それじゃあ意味ないっス!俺は全員で行きたい!」 「黄瀬の言う通りなのだよ。誰か一人でも欠けるなら、見送りにすべきだ」 「んー、そう言ってくれんのは嬉しいんだけど…お前ら七人が揃う事も珍しいじゃん? こんな機会滅多にないし、同中の同窓会的な感じで行ってきてもいいと思うんだけど」 高尾っちが苦笑する。 確かに今までも二、三人ならすぐに集まれたのでちょっとした旅行を行く事もあったがそれ以上の人数では行けたことがなかった。 だから彼の言いたい事も分かるが今回は皆で行くという事が重要事項だ。 行けないのならこんな風に話し合う意味がない。 頑として頷かない俺達を見兼ねた赤司っちが火神っちを見た。 「……大我、お前はどう思っている」 「俺は…高尾の意見に賛成だ。行ける時に行くべきだと思う、 それに何も今回限りじゃねぇんだし気にすることねぇよ」 「火神っちまで!」 「涼ちゃん、今日は夏と冬の両方決めよ? 夏休みはダメでも今から先の計画を立てれば調節出来るから、次こそは皆で行けるって」 「高尾っち、でも…!」 さらに言い返そうとした俺を止めるように赤司っちが手を挙げた。 皆も口をつぐんで彼を見る。 「皆で行きたいという涼太達の気持ちも分かる。 だが、大我の言う通り何も今回が最後ではない。 ここは高尾の意見を取り入れて夏休みと冬休み、両方の計画をたてよう。 冬は何が何でも皆予定を入れないように」 「赤司っち!」 「涼太、僕の言う事は?」 「…………ぜったーい…」 赤司っちが満足そうに頷く。彼にそう言われてしまえば逆らう事なんて出来ない。 意見が纏まり、今まで見守っていた黒子っちや桃っちが場所の提案をしている横で ふて腐れていた俺に高尾っちが「写真一杯撮ってきてよ」とか「お土産よろしく」とか 沢山話しかけてくれた。それでもムスッとしていたが、 「涼ちゃん、冬の旅行は温泉付きだと良くね?その時は一緒に温泉入ろうぜ」 なんて言って笑う高尾っちを見ていたら膨れっ面も萎んでいき、 気付けばいつもみたいに話して笑って頷いていた。 夏休みに入り、初めて七人でする旅行の日が来た。 場所は車で片道4時間の所にある避暑地。 黒子っちが三列シートのファミリーカーをレンタルしてくれて、 赤司っちと交代で運転をする事になった。初めに黒子っちが運転する為運転席へ、 赤司っちが助手席に座った。 三列目の座席は一番広いので紫原っちと桃っちが座る事になり、 真ん中に位置する席に俺を挟んで右に緑間っち、左に青峰っちが座った。 出発する時に高尾っちと火神っちが見送りに来てくれた。 朝早くに出発するし、一泊二日の旅行なので見送りに来てもらうのは申し訳ないくらいだが、 それでも二人の顔を見れてただ純粋に嬉しい。 「じゃあ、気をつけてな」 「お土産楽しみにしてっから!」 笑顔で手を振る二人に手を振り返す。 車が発進して見えなくなるまで俺は二人に手を振り続けた。 旅は順調だ。高速道路に入っても渋滞に巻き込まれる事もなく、 ちょうど折り返しの場所にあるサービスエリアで少し休憩をしてから、 黒子っちから赤司っちへと運転を交代して出発した。 主に大変なのは黒子っちと赤司っちで後ろに座る俺達は自由気ままに騒いでいるだけなので、 それが気になって休憩時に赤司っちに「やっぱり俺も運転するっスよ?」と言ってみたが 「ハラハラしながら乗っているよりは、 自分で運転した方がはるかに心労が軽い」と言われてしまった。 免許証は持っていてもペーパーなのでそう言われてもしょうがないが、 ちょっと傷付いたっス…。 サービスエリアを過ぎても道は驚くほど空いている。 俺達が行く場所は意外と穴場な場所なのかもしれない。 赤司っち達もほとんど車が走っていない為、気を緩めてこれからの予定を話していた。 「この調子で行けば、予定よりも早く到着出来そうだね」 「はい。早く着けるなら観光する場所も少し増やしたいですね。…それにしても」 そう言葉を区切ってから、黒子っちが正面を見たまま俺達に聞こえる声で話し掛ける。 「皆、元気なのは良いことですが…少し騒ぎ過ぎではないですか?車体が時々揺れてますよ」 その言葉に一番に反応したのは一番後ろにいる紫原っち。 「俺、ちゃんと大人しく座ってるし」 「暴れているのは大ちゃんだよ〜!あ、ムッ君!このお菓子美味しいよ!」 「んー、ホントだー。さっちん、こっちも美味しいよー」 「いただきます!…んー!美味しい!」 お互いのお菓子を交換してふわふわ笑っている二人に黒子っちはため息を吐いてから、 今度は俺達に向けて声を掛ける。 「青峰君、子供ですか。じっとしてください」 「俺ばかり怒んなよ!黄瀬もだろ!」 「俺は暴れてないっス!騒いではいるけど…」 「同じだっつーの!」 ムッとする俺を一緒に怒られろと言わんばかりに青峰っちがニヤリと笑う。 挑発だと分かっていてものってしまうのは、お互いこのやり取りを楽しんでいるからだ。 これも絆が戻ってから気付けば定番となっていた。 「むむぅ!青峰っち!到着したら早速バスケで勝負っス!今日こそ負けないっスよ!」 「ばーか、俺に勝てると思うなよ」 「バカって言った方がバカなんスよ!」 「じゃあやっぱりお前がばかだ!」 「バカバカ!」 「ばかばかばかばか!」 「バ…」 「黄瀬!青峰!子供みたいな事をして騒ぐな!うるさいのだよ!」 騒ぐ俺達に、今まで無視していた緑間っちも我慢の限界がきたのか注意するが その声も十分大きいので騒がしさは増す。 そんな俺達を赤司っちはバックミラーを通してちらりと見ると微笑した。 黒子っちは呆れた顔をして黙っていたが、しばらくして暴れ出す前に注意しようとしたのか 諦めた顔をしてこちらを振り向いた。 それに身構えたが、言葉は何も発せられなかった。 黒子っちの表情はいつもの様な淡々とした顔ではなく、 ある一点、俺達の…さらに紫原っち達の後ろを見て目を見開いていた。 「黒子っち…?」 「…!! 赤司君!後ろ!!」 「…っ!?皆、何かに掴まれ!!」 普段の二人らしからぬ大声と共にそれを掻き消すくらい けたたましいクラクションが鳴り響く。 突然の事態についていけない俺達を余所に、容赦なく凄まじい衝撃が背後から襲ってきた。 「きゃあぁっ!」 「さっちん!!」 桃っちと紫原っちの叫びが聞こえる。 「黄瀬っ!掴まれ!!」 「っ!青峰!黄瀬!!伏せろ!!」 俺を後ろから抱き込む様に支える青峰っちごと緑間っちが覆いかぶさった。 その光景を最後に、俺の瞳は闇に包まれた。 痛い……体のあちこちが痛くて何か強い圧迫を感じる。 それ以外にも違う重みが俺にのしかかっていて体を動かす事が出来ない。 圧迫の正体は分からないが重みの正体は分かる。 青峰っちと緑間っちだろう…俺は二人に抱きしめられる形で挟まれていた。 「………緑間っち、…青峰っち…何が、起こったんスか……?」 二人に呼び掛けるが、俺の言葉に返す声はなく身動き一つしない。 この距離で聞こえないはずがないのに。 「……もも、っち…むらさき…ばらっち……」 後部席にいるはずの二人にも声を掛けるが返事はない。 「赤司っち…っ…黒子っち…っ!」 やっぱり返事はない。皆がいるはずなのにまるで暗闇に一人でいるみたいだ。 青峰っちと緑間っちに関しては触れ合っているのに、 どうしてこんなにも遠いと感じるんだろう。 怖い…何故か分からないが涙が溢れてくる。 「………っく、っ…」 とうとう声もしゃくりあげてしまう。 「……っく、…ひっく…みねっち……みどり、まっちぃ…返事、してよ…うぅ…」 震える唇で、もう一度二人に呼び掛けた時、僅かに空気が震えた。 「りょ…た…?」 小さく、掠れた声で名を呼ばれる。この声は…… 「あかしっち…?赤司っちぃ…!」 赤司っちの声が聞こえる。 皆いる!遠くになんて行っていない、やっぱり近くにいるんだ…! 「……っ………………」 赤司っちが何か言っている。 でもよく聞こえない。彼はなんて言っているのだろうか………。 真っ白い光景が視界一杯に広がった。 眩しい…ここは…?夢なのか現実なのか分からない。 だけど目が慣れてくるとここは白で統一された部屋で、 自分はその部屋にあるベッドで寝ていたのだと気付く。 でもここはどこだろう。自分は何故寝ていたのか。 「…っ!」 誰か人はいないかと体を動かそうとしたが、体が鉛のように重く、 手先を動かすこともままならない。 やがてジワジワと感覚を取り戻すかのように全身が痛みだし 、脈を打つ様に頭がズキズキする。 動ける範囲で辺りを見れば、小さな棚と窓と扉が見える。 ただ、何一つ見覚えはない。 頭痛に堪えながらも何故こんな状態になっているのかを考えるが、 皆と旅行に出掛けた所から記憶が切り取られたかの様に何も思い出せない。 訳の分からない状況に不安になる。 「………黄瀬…?」 静かな空間に音が響く。 確かめるように、問うように名前を呼ばれ痛みを堪えながらゆっくりとそちらを見ると、 いつの間にか開いた扉に火神っちが驚いた顔をして立っていた。 「……がみ、っち…?」 声が掠れて上手く言えない。 だが、小さな響きはちゃんと届いたのか火神っちは目を見開いて、 もう一度「黄瀬」とつぶやいた。 その瞳から音もなく涙がこぼれ落ちると、駆け出す様に俺の元へ来た。 「黄、瀬…っ黄瀬っ!よかっ、た…!良かった!!」 優しく包むように頭を抱えられ火神っちは泣きながら良かったと繰り返す。 俺はされるままにジッとしていたが、内心では困惑していた。 何故火神っちは泣いているのか、何が良いのか何も分からない。 しばらくすると落ち着いたのか、火神っちは俺から離れ泣きながら笑う。 「っ、わりぃ…!痛いよな?今、担当医呼んでくるから、ちょっと待ってろ!」 「…っ、まっ…て…!」 今にも駆け出しそうな火神っちの服を掴み引き止める。 少しずつだが体が動くようになってきた。 「か、がみっち?担当医…って?おれ、どうして…ここで寝てる、スか…?」 詰まりながら言う俺の言葉を焦らせる事なく聞いていた火神っちは、 俺の質問に眉をひそめ苦しそうな顔をする。 「…黄瀬、……覚えてないのか?」 「…?俺、みんな…と旅行、行って……行って? ……それから、どうしたのか…思い出せない…ねぇ、皆…どこにいるんスか…?」 「………」 俺の言葉に火神っちは顔を歪めた。 口をつぐみ俯くその姿に言いようのない不安が襲った。 なんでそんな顔するの?それを聞こうと口を開く前に火神っちがごまかす様に笑う。 「……話しは後だ。まず医者を…」 「火神っち…!皆は、どこにいるの…?」 彼の服を強く掴み、話すまで離さないと強く見詰める。 眉をしかめ視線をさ迷わせていた火神っちは、やがて諦めた様に顔を片手で押さえた。 「……黄瀬、旅行に行った日は覚えてるんだよな?」 「う…ん」 「その日……目的地の途中、お前達が乗ってた車は……事故に遭ったんだ」 「…………え?」 火神っちが震えるのを抑える様に言った言葉がすぐには理解出来ず、呆然とする。 「その事故は…悲惨な、もので……お前以外は皆…………助からなかった」 理解…出来ない。 「………うそ」 「嘘じゃ、ねぇよ。……お前も酷い怪我で、三週間ずっと昏睡状態だったんだ」 信じられない、彼の言葉が。事故?皆が…死んだ?そんな記憶、俺にはない。そんな……… 「いくら火神っちでも、そんな冗談は許さないっス!!」 「…!落ち着け黄瀬!お前、骨折してんだぞ!?」 火神っちを殴ろうとして手を振り上げるが、彼が慌てて俺を押さえた。 それがさらに癪に触って痛みも忘れて暴れた。 「うるさい!今の言葉、取り消して!!」 「黄瀬!」 「はなっ………つっ!?」 捕まれた手を解こうと体をよじった瞬間、 激しい痛みが全身を襲いそれ以上の抵抗が出来なくなった。 それを見て火神っちが顔を真っ青にして「すぐ担当医を呼ぶから」と 言い残し部屋を出ていった。途端に静まり返った部屋。 取り残された俺は先程言われた言葉を否定したくて、 痛む体を何とか動かして一歩一歩ゆっくり進みながら皆を探す為、部屋を出ていった。 近くにいた看護士を連れて黄瀬がいる病室に戻った時には、その姿はどこにもなかった。 俺も看護士も顔を青くする。 「あんな状態で動き回るなんて…!貴方は何をしたんです! 今度こそ彼は死んでしまうかもしれませんよ!?」 「そんな事分かってるっ…です…!…とりあえず俺は黄瀬を探すんで! 担当医を呼んでおいてくれ…です!」 言いながら駆け出した俺を、その正面から向かってくる友人が呼び止めた。 体の痛みを気にする余裕もないくらい前へと足を進めていた。 進み続ければ、その先に皆が待っているのだと、 その思いだけを頼りに建物同士を繋ぐ通路に足を踏み入れた。 皆が…そんなの嘘に決まってる。 だって俺達は渋滞にも巻き込まれず順調に移動していて、皆で騒いでそして目的地に着いて…! そう思った瞬間、記憶がフラッシュバックした。 『…!! 赤司君!後ろ!!』 『…っ!?皆、何かに掴まれ!!』 黒子っちと赤司っちの声を掻き消すようにクラクションが頭に鳴り響いた。 『きゃあぁっ!』 『さっちん!!』 桃っちと紫原っちの叫び声に反応する暇もなく体を激しく打ち付けられた。 『黄瀬っ!掴まれ!!』 『っ!青峰!黄瀬!!伏せろ!!』 暗闇の中、俺を挟むように支えてくれた青峰っちと緑間っちの体温が 冷たくなっていくのを感じた。俺は……… 動かしていた足から力が抜ける。 酷い立ちくらみに感覚を失い、そのまま体を打ち付けるくらい派手に転んだ。 さらに増す痛みにゆっくりと悲鳴を上げた体を起こした。 手足が震え、立ち上がる事が出来ず座り込んだまま動けない。 「……痛…い……」 痛みを感じる事が俺を追い詰める。痛感を感じて動く自分、生きてる証拠だ。 だけど皆は…もう、いない?働かなかった頭がそれを理解し始めて、絶望が身を包む。 認めたくないと思っても、それを決定付けるものを俺は知っている。 あの時、気を失う瞬間まで俺は皆の名前を呼び続けた。 呼んでも答えてくれない皆。 どんどん体温が低くなっていく緑間っちと青峰っち。 痛みが増して混濁していく意識。 漠然と、俺達は死ぬのだと…あの時思ったではないか。 それなのに…俺だけ…生き残った………? その事実に気が狂いそうで、肩が揺れるほどしゃくりあげて俺は泣き叫んだ。 俺が旅行に行きたいなんて言わなければ! 全部俺のせいだ! なのにどうして俺だけ生き残ったの!? 皆はいないのにどうして…! 置いていかないで、一人にしないで! 俺一人、生き残ったって嬉しくない! こんな事になるなら皆と一緒に逝きたかった…! 『……涼太』 その時、頭に直接響くように赤司っちの声が聞こえた。 その瞬間、思い出す。そうだ…彼は最後に何かを言っていた。 脳が拒否をするけれど、懸命にあの時の事を思い出そうとした。 痛みに苛まれた動かない体、夜の様に暗く、焦げた臭いが広がる。その中で響いた彼の声。 『大…丈夫…だ……』 ああ…そうだ………思い出した。 所々思い出せない部分はあるが、彼は「大丈夫だ、助かるから」と言った。 そして最後に「何かあっても俺達は、ずっと側にいる」と確かに言っていた。 「………っ!」 どうして忘れていたんだろう。赤司っちが側にいると言っていたのに。 彼の言葉が誤りだった事なんてなかった。 あるとしたら、自分達の心境を変えた高一のあの時くらいだ。 赤司っちが側にいると言ったのだから、その通り…皆は俺の側にいるんだ。 ふと差し込む光りに惹かれ顔を上げると、白い光の中に皆が立っていた。 「……あ…っ!」 駆け寄りたいけれど、座り込んだ足が動かず立ち上がる事も出来ない。 「あ、赤司っち!黒子っち!青峰っち!」 遠くもないが近くでもない距離に立つ皆に、俺はありったけの声で名前を叫んだ。 「緑間っち!紫原っち!桃っち!」 返事はない。だけど俺の呼び掛けに応えるように皆が笑った。 その表情はどこまでも優しく慈愛に満ちた笑みを浮かべていて、 逸らす事なく俺を見詰めている。 ああ、皆いるじゃないか。ここに。 それにつられて俺も笑った。きっと皆と同じ様な笑みを浮かべているだろう。 恐れることは何もないんだ。 「だって俺達は…ずぅっと一緒っスから、ね?」 俺は遅れてやってきた高尾に黄瀬の事を話し、二手に別れて彼を探した。 高尾には「このバ火神が!涼ちゃんに何かあったら一発殴らせろよ!」と言われたが、 逆に殴ってほしいくらいだった。それくらい自分は失言したと自覚している。 俺はすれ違う看護士に注意されるのも構わず走りながら、ただ後悔していた。 いくら黄瀬にせがまれたからと言って、彼等の死を口にするんじゃなかった。 自分の配慮の無さに嫌気がさす。 黒子達が事故に遭ったという連絡がきた時は理解が出来ず、 取り乱して「そんなはずがない!嘘だ!」と怒鳴り散らした。 だが、やがて行われた葬式を、彼等の遺体を目の当たりにして、 これは現実なのだと嫌でも自覚させられて泣き崩れた。 黒子達が乗っていた車は高速道路の途中で、 ブレーキが壊れて加速した大型のトラックに後ろから突撃された。 そのままの勢いでガードレールに挟まれるように潰された車は酷い有様だったと聞いた。 三列目の座席に乗っていた紫原と桃井は…即死だったそうだ。 直接トラックに追突された為、損傷が激しく葬式でも最期の姿は会わせてもらえなかった。 殴られても構わない、酷な事を言うと分かっていても、 どんな些細な事でもいいから二人の最期を知りたいと紫原と桃井の両親に頭を下げた時、 涙で言葉を詰まらせながらも紫原が桃井を守るような形で発見されたのだと教えてもらった。 運転席と助手席にいた赤司と黒子は即死ではないにしろ、 ガードレールに突っ込んだ事で部品の破片が飛び散り、 それによってもたらされた大怪我が原因で亡くなった。 彼等もまた最期の姿には会わせてもらえなかった。 ただ、黒子は後部座席の方へ手を伸ばそうとしたのか不自然な体勢で、 赤司は祈るように片手を固く握り締めた姿で発見されたと後に聞いた。 直接、その姿に別れを告げられたのは真ん中の座席にいた青峰と緑間だけだった。 圧迫された車内で、苦しい思いをしながら逝っただろう緑間と青峰は、 黄瀬を庇うように亡くなっていたそうだ。 偶然か必然か、二人の体が作った僅かな隙間が黄瀬の命を救った。 それでも、けして黄瀬も無事ではなかった。 出血が多く腕やアバラは折れ、 息も絶え絶えだった彼はあと少し救助が遅れたら亡くなっていただろうほどの危険な状態だった。 そんな黄瀬が一命を取り留め目を覚ますのは奇跡に近いと医者は言っていた。 葬式の日、泣き崩れる俺の横で高尾もまた、緑間の遺体の前で泣き叫んでいた。 『あの時、行く事を勧めなければこんな事にはならなかった!俺が皆を殺した…!』 そんなのは俺も同じだ。皆の旅行を最終的に後押ししたのは俺だ。高尾が殺したと言うなら俺も同罪だ。 あの時こうすれば、こうしなければ、皆は死ななかったかもしれない。 でもこれが現実で、どんなに願っても変えられない。それが分からないほど子供じゃなかった。 残された俺達ができること。 俺と高尾は、ただひたすら…生死をさ迷う黄瀬が目覚めるのを祈りつづけた。 そうして三週間、やっと目覚めた黄瀬を俺は混乱させてしまった。 まだ絶対安静にしていなくてはいけないのに、これが怪我を悪化させるかもしれない。 俺は歯を食いしばり顔を叩く。何があろうと絶対、見つけなければ。 病院の廊下を走り続け、やっとの事で俺は中庭に続く通路に座り込んでいる黄瀬を見付けた。 その姿があまりにも儚くて、今にも消えてしまいそうで恐怖を感じた。 「黄瀬…っ!」 慌てて駆け寄り声を掛けるが返事がない。 顔も俯かせたままでどんな表情をしているか皆目見当がつかない。 「すまねぇ、黄瀬…! 目が覚めたばっかのお前に言う話しじゃなかった…っ、本当にすまねぇ……!」 消えてしまわないように、俺は黄瀬を抱きしめる。 あまりにも必死になりすぎて頭を下げ謝罪を繰り返すことしかできない。 やがて、ふと俺の髪をゆっくり撫でる気配を感じた。 それにつられ顔を上げると黄瀬が俺の頭を撫でながら見ていた。 黄瀬は泣いていた。涙が止まることなく流れ落ちている。 それなのに、その表情は笑っていた。 「火神っち、なんで謝るんスか?謝る事なんて一つもないっスよ」 涙に似合わない、怖いほど綺麗な笑みを浮かべて彼は言った。 黄瀬がおかしくなったのはいつからだったのだろう。 今思えば目が覚めた日、 病室からいなくなった彼を見付けた時にはすでに手遅れだったのかもしれない。 だが確実におかしいと気付いたのは、 彼が目覚めて数日経った後に行った見舞いの日だったのは確かだ。 「高尾、火神、そんな所でぼーっとするな。邪魔なのだよ」 黄瀬がいる個室の病室に足を踏み入れて、真っ先に目に入った光景に俺と高尾は固まった。 ベッドにはバスケットボールと蛇のオモチャ、そしてお菓子袋が散らばっている。 手にはバニラシェイクを持ち、将棋板が横の棚に置いてある。 この光景に違和感を感じて立ち止まらないわけがない。そして放たれた言葉。 口調だけでなく、仕種や纏う雰囲気まで…緑間その人だった。 「いや…てか、どしたのソレ。蛇のオモチャとか…」 「ラッキーアイテムに決まっているだろう」 この口調を聞く事が一番辛いだろう高尾は動揺しながらも苦笑して言うが、 それに反して黄瀬は当然の様に言う。 「で、も…涼ちゃん、蛇のオモチャは…蟹座のラッキーアイテムだぜ」 「誰が黄瀬の話しをした、俺は蟹座だ。忘れたか」 黄瀬がまるで自分は緑間なのだと言わんばかりに呆れて言う。 その姿にいよいよ高尾は言葉を詰まらせ唇を噛んだ。 「はは…っ冗談きついよ、涼ちゃん…真ちゃんの真似をするなんて…」 「俺が俺の真似をしてどうするのだよ。いよいよ頭がいかれたか高尾」 止まらない緑間の真似に、とうとう高尾も堪えていた感情を剥き出しにして 睨みつけると、勢いよく走り寄って黄瀬の胸倉を掴んだ。 「勘弁してよ…っ!涼ちゃんが辛いのは分かるけど…っ俺だって辛いんだ……っ!」 胸倉を掴んだまま顔を俯かせて叫んだ。俺には高尾の気持ちが痛いほど分かる。 皆の死が辛い、だけどそれでも一番その死が堪えたのは黒子だった。 無二の相棒だった黒子…彼を失った傷が癒える事なくずっと痛み続けている。 高尾も同じだ。揺ぎ無い相棒関係を築いていた緑間の死は、絶望を感じるほどだろう。 それなのに緑間の真似をするなんて……高尾にはひど過ぎる仕打ちだった。 「…黄瀬、いい加減にしろよ。………そんな事したって誰も戻らない、辛いだけだ…っ」 黄瀬は辛さから緑間の真似をしているのだと思った。 きっと精神が不安定になっているのだろうと。 だが俺はその考えをすぐに否定することになった。 「火神君まで何を言っているのですか? あと高尾君、何を怒っているか知りませんがいい加減放してください、苦しいです」 その姿は、口調は、雰囲気は……紛れもなく黒子だった。 たしかに目の前にいるのは黄瀬なのに、 黒子かもしれないと錯覚してしまいそうなくらい似ていた。 いや…似ていたなんてもんじゃない、黒子本人だった。 高尾の掴んでいた手がスルリと落ちる。 その目は驚愕で見開かれていて、たぶん俺も同じ顔をしているだろう。 怖くなった。 本人だと間違えそうなくらい緑間と黒子を真似る黄瀬に言いようのない恐怖を感じた。 「り、涼ちゃん…?」 彼の存在を確かめるように、 唇を震わせながら言う高尾に黄瀬がキョトンとして「どうしたんスか、高尾っち?」と言った。 その姿は紛れもなく黄瀬本人、 思考はごちゃまぜになったままだが黄瀬が目の前にいる事に今度はホッとする。 「黄瀬、お前…っ」 「二人共、何驚いて…あ、このお菓子欲しいんスか?あげるっスよ!」 違う、と言いたかった。どうしたんだよお前は、といつもの調子で頭を小突こうとした。 でも出来なかった。 「黄瀬ちん、それ俺のだしー」 「つか、俺には寄越さねぇくせに何あの二人にはやろうとしてんだよ」 「青峰、それくらいで怒るな」 「そうですよ青峰君」 「いい歳して、みっともないのだよ」 「大ちゃん、そういう所は全然変わらないね」 「何だよお前ら、集中的に攻撃しやがって…!ちょっと言っただけだろ!」 「わわっ!落ち着いて青峰っち!ちゃんとあげるっス!どれがいいっスか??」 もう言葉が出なかった。目の前の光景に。 楽しそうに繰り広げられる会話。だけどそれはすべて黄瀬の口から出ている。 一人芝居、 というのは簡単だがあまりにもそれは彼等に似過ぎていて 目の前にはあの六人がいるのではないか、生きていたのではないかと錯覚させられる。 俺達を置き去りにして尚も繰り広げられる異常な光景に思考が全く追いつかない。 それでも、この事実だけは俺も高尾も気付いてしまった。 黄瀬は彼等が死んだ事を受け入れられなかったということ。 黄瀬は模範の能力で彼等のバスケスタイルだけでなく、彼等自身も模範してしまったのだということ。 黄瀬は……壊れてしまったんだということ。 それから彼の異常に気付いた医者や彼の両親や海常バスケ部の皆、 色んな人が彼等の死を理解させようとしたが、黄瀬は…七人は全て否定した。 俺達が感じたような錯覚させられる姿に、 恐怖しもはや誰も黄瀬を現実へ引っ張りあげる事は出来なかった。 黄瀬は療養の為という名目で街から離れた森に建てられた小さな家に暮らしている。 俺と高尾は大学の課題やバスケットサークルに追われて、毎日というわけにはいかなかったが、 日常から切り離された場所に一人いる彼の元へ出来る限り行くようにしていた。 森には不釣り合いのバスケットコートが家の横にある。 黄瀬がそれを見たとき嬉しそうにお礼を口にしたが、 それが唯一してやれる事だと彼の両親は泣きながら言っていた。 その言葉は確かにその通りで、彼は一日のほとんどをその中で過ごした。 今日も二人で見舞いに訪れた時、黄瀬はバスケットコートの中で一人バスケをしていた。 もうすでにいない彼等のプレイをしながら、一人でスリーオンスリーをしている。 そして楽しそうな声で言うのだ。 「皆、お疲れ様!はい、タオル!あと、レモン漬け用意したよ!」 「それより続きやろうぜ!もっかいスリーオンスリーだ!」 「いい加減にしろ、これで何回目なのだよ!」 「僕はもう疲れました…少し休憩します」 「俺も疲れたしー…お菓子食べたい」 「テツヤと敦が休憩すると人数が足りなくなるな」 「あ、待ってほしいっス!それなら…」 明るい金髪を揺らしてガラス玉の様な純粋な目をした黄瀬が俺達を見る。 そして昔と変わらない笑みを浮かべて昔と同じ様に俺達を呼ぶ。 「ねぇ!高尾っちと火神っちも一緒にやらないっスか!」 この場所に来て半年経つが、未だに黄瀬は今の自分の状態を変だと思っていない。 彼等の葬式にも出られなかったから実感が沸かないのか、 それとも幻覚が見えているのか彼等が生きていると信じて疑わない。 どこで狂ってしまったのだろう。 彼の能力がこんな皮肉な結果を招くなんて、誰も、それこそ死んだ彼等も思いはしなかっただろう。 俺と高尾は相談した結果、黄瀬の心がこれ以上壊れないよう守ることを決めた。 正直今も、そしてこれからも…黄瀬に彼等を見せつけられる度に彼等を思い出し傷口が広がるだろう。 それでも黄瀬から離れるという選択肢はなかった。 いずれ、六人分のプレイをする黄瀬は肉体も限界が来て動けなくなるだろう。 これも止めろと周りが説得したがキセキの模範をしていることに気付かないらしく、 平気の一点張りで聞かなかった。 もう壊れ続ける黄瀬を見守る以外何も出来ない。 ただバスケが出来なくなってしまった時、また絶望する彼の側にいてやりたかった。 それしか出来ることがないと分かっているから。これ以上彼を一人にしたくなかったから。 そして、俺達も彼を失うのは真っ平だった。 壊れた歯車はギリギリと音を立ててバラバラになるまで回りつづける。 俺達は楽しそうに手招きする彼の元へ、ゆっくりと足を踏み出した。 目の前が暗い。焦げた臭いがする。腹を突き刺す何か固い感触を感じる。 そこを中心に激しい痛みが全身を駆け巡る。 直感的に僕はもう助からないだろう事を理解する。 まさかこんな事態に陥るとは、ははっ…僕の目も狂ったかな…本当に…、笑えない。 他の皆は無事だろうか。せめて隣にいるはずのテツヤの無事を確認できればいいが、 首を動かす事も出来ないためそれは叶わない。 耳鳴りがするが遠くからざわめきも聞こえる。聴覚はまだ正常なのか、 ならばそれを頼りに周りの状況が分かるだろうか。 「………っく、っ…」 誰かの泣く声が聞こえる。 「……っく、…ひっく…みねっち……みどり、まっちぃ…返事、してよ…うぅ…」 啜り泣きながら呼びかける声。この声は…… 「りょ…た…?」 「あかしっち…?赤司っちぃ…!」 やはり涼太だ。呼びかけたのだから大輝と真太郎もそこにいるのだろう。 声が聞こえないから気絶か……それとも……。 徐々に体が麻痺しはじめてきたのか、痛みを感じなくなってきている。 僕に残された時間も長くはないようだ。 この状況で、誰が生き残れるか分からないが、生き残った者が絶望しないように、 これだけは伝えなければ。 「涼…た、大…丈夫…だ、助、かる…から…っ」 「赤司っ、ちぃ…?」 「たと、え…何か、あって…も俺…は、俺達…は、ずっと…側にいる、からっ」 「…う、ん…うんっ、皆、たすかるっスよね! ずっと一緒で、…旅行の続き、するんスよね…!」 涙声で震えているが涼太の明るい声が聞こえる。 そのしっかりとした話し方にやはり彼が一番助かる確率が高いだろうと確信する。 ならば尚更この言葉は伝えなければ…。 そう思った途端、今度は意識が遠退いていく感覚が強くなってきた。 まだ駄目だ、意識を失うわけにはいかない!まだ伝えていない…! これだけは絶対、伝えなければ…! 彼は誰よりも精神が弱く俺達への依存も強いのだから……… 「……つ…く、…い、て……くれ…、……りょ…た…っ」 「赤司っち…?赤司っち!」 「…ぜ…ぼ、に……まけ………」 消えゆく意識の中、それだけを強く願う………。 『強く生きてくれ、涼太 この日の絶望に負けるな』 最期の言葉はもう届かない |