いつだって 僕らは








背中に人の気配を感じて顔をあげた。図書室の入り口に、が、立っていた。
不機嫌そうな、君。視線はどこ、と定めるわけではなく、ただただ不機嫌な顔で、其処に立ってる。

「雷蔵」

「どうしたの?」

「早く言って」

「ん?」

「さっさと、雷蔵の顔するの、やめろって鉢屋三郎に言って。紛らわしいの」

「あはは、またそれ?」

何かと思えば。また、言ってる。また言ってるんだけど。きょうはちょっとだけいつもとは少し様子が違う。
いつも以上に、苛立ってるなぁ。

でも、僕は笑顔を作っていつものように優しく迎えてあげる。ぽんぽん、と自分の横を優しく指で叩いて。

「ほら、座りなよ」

「…」

「最近言わないな、って思ってたら…今日は言うんだね」

どかっと僕が指した床に座れば、むすっと小さな子供のように唇を尖らせる。視線は相変わらず宙を彷徨い、眉間の皺は深く刻まれている。
深く息を吐き出したは横に散らばった本をいくつか手に取ると読むわけでもなく、ぱらぱらと頁をめくってはそれを繰り返す。一冊、二冊、三冊と…。
うん、は速読法は身に付けていないから読めていないよね。

本当に、いつになっても子供なんだから。そういうところがらしくて、可愛いのだけれど。

「なに、三郎となにかあっ」

「とにかく、そう言っておいて!」

「わっ!」

聞いてほしいのだろう、と原因を聞いてみるとはそれを拒否するように、本を床に叩きつけ、その弾みで立ち上がった。
その音にびっくりして返却処理をしていた本を落としてしまった。ごとん、と鳴った本の角が凹んでいないか心配していると、は怒り肩で図書室を後にした。

「え…!?」

僕が呼ぶ声なんて無視して、私は不機嫌なんです、と背中に書いて。やれやれ。なにがあったのやら。
久しぶりに見たな…。三郎のことで、あんな顔する、

っと、それよりも言わないと…って思ってたこと、言いそびれてしまった。座ったと思ったら出でっちゃうんだから。大丈夫かな。
まぁ、次の時間は合同の実習だったし。いつもと同じなら、きっと何事もないと思う…のだけれど。

「雷蔵」

「わ、三郎。どうしたの?」

「いや、暇だったから、なんとなく」

ふう、と溜息に近いものをつこうと思ったとき、声が降ってきた。聞き覚えのある声。顔を上げると、まさにその人、三郎がいた。
この間でここにやってくる、ねぇ。さっきのはしっかり聞いていたんだろうな。その顔を見るに。

三郎にとって、さっきのの態度はどう映るんだろう。
表情を読ませないように、無に近い顔色。でも、いつもと違う。それは、かつての、出会った頃の三郎にどこか似ているように思えた。

「…散歩してくる」

「うん、それが良いよ」

三郎は座ろうかどうしようかと腰をかがめかけていたけれど、すっと身体を起こした。
そして、散歩、などと似合わない単語を口にして図書室をあとにした。

きっと三郎には、僕なんか見えてなかったんだろう。



















「やあ、

「…鉢屋三郎」

声がしたので立ち止まって振り返った。はぁ、なんとなく、今は声をかけられたくなかった。
けどかけられたのは仕方がない、私は嬉しいとも哀しいともない色の付かない表情を浮かべ彼をみた。

やぁ、と手をあげて作った様な笑みを貼り付ける彼は、きっとたいした話題など持たない。知ってる。解ってる。
だから私が口を開いてやる。

「風邪引いて一日寝込んだんだってね」

「え…あぁ、お陰様でね」

「私、ちゃんと注意した」

「知ってたならお見舞いにでも来てくれれば良かったのに」

「まさか、なんで私が」

「心配して、見に来てくれたから」

「雷蔵だと思ったから。そう言ったじゃない」

「あぁ、そうだった」

「そういうことなら他のくのたまを当たってくれる?私は他にやることがあるから。それじゃあ」

一呼吸で言い切ると、私も今無理に作りました、と言う笑みを見せ踵を返した。
彼がそれ以上何を言おうが気にしない。会話は終わり。こんなのはよくあるやりとりだ。たいしたことじゃない。

背中を見せても、作った笑みが貼りついたまま剥がれない。どの顔に戻せば良いの。私の顔が、表情が、どんなだったか思い出せない。
私ってどんな顔して、此処で過ごしてたんだっけ…。

廊下が足を踏み出すたびに軋んだ音を訴えた。軋みを足の裏で受けながら、歩く。足の裏が敏感にその軋みを捉える。足袋越しに、木の冷たさが、染みる。
一度止まって息を大きく吸い込んだ。そして、ゆっくり吐き出す。そして、一歩踏み出す。ゆっくりと。
いつの間にか、呼吸の速度が速まっている。駄目だ、こんなことでは。ゆっくり息を吸って、吐いて、心を落ち着ける。

廊下を曲がって、顔を上げた。……あ、そういえば、私。やることあるんだった、筈なんだけど。
私、何処に向かっていたんだっけ…。忘れてしまった。

!」

「あ、

「次実習!準備の当番私達だよ」

「はっ、しまった、忘れてた。今日、待ちに待った火器実習だった!」

「珍しいわね、が忘れるなんて」

「そうだ、それだ!!」

「ほら、行くよ。今回のが学年最後の実習でもあるんだから!」

私としたことが、しっかりしないと。いかんいかん。寒さでどうにかなってしまったんだろうか。が笑うから、溜息と一緒に笑ってみる。

そうだ、この実習さえ無事に終われば春が来て、私達はまた一つ学年をあげる。
雷蔵たちもあの紫の制服を脱いで、藍色の制服となる。また一つ階段を上って、上級生になる。

此処に来て、もうすぐ五年に、なる。

!」

「は、はぁーい!」














「おい、鉢屋、雷蔵、行くぞー」

「うん、今行くよ」

「はいはい、行く行く」

「返答は一回ずつにしろ、鉢屋」

「へーい」

俺は机に手を置いて立ち上がると、気だるげに教室をあとにする。同じ顔した二人はそうでもなさそうだけど。俺はちょっと憂鬱。
今日は実習。今年、この学年で最後の実習。火器実習。あんまり得意じゃないんだよなぁ、火器実習。

今まで組んでいた相手が良かったからなんとか済んでた。
今日もいつもと変わりなければ…大丈夫だと思うが。
鉢屋と不破が頑張ろうねー、面倒くさいから適当にやるー、とか言ってるけど、そんな軽口叩けない程、俺は気が重い。

外はまだ雪が積もってるし。溜息を吐き出せば白くふわりと形を成す。やる気なんか増して起きるわけがない。

「よっす、竹谷」

「おー、不破」

「どしたの、浮かない顔して。あ、いつもか」

「っせーよ」

校庭に出ると、合同で行われる実習で集まったくのたまが眼に入り、その中で一人、眼が合えば軽やかにこちらに駆け寄ってきた。
にやにやと厭らしい笑みを浮かべて。

「まぁ、竹谷はちょっと落ちこぼれだから不安かもね〜」

「うるせぇ、うるせぇうるせぇー!」

「あはは」

無邪気に笑う不破を見て、俺もつられて笑った。こいつにとっては火器実習なんて、お遊びみたいなもんなんだろうな。
二年くらいのときに一人で火縄銃乱射してたくらいだしな。満面の笑みで。

「頑張ってね」

「分かってるよ」

「まぁ、私はいつもの如く雷蔵と組むからいいけど」

「俺だっていつも組んでるくのたまを変えるつもりはないよ。…助けられてばっかりで申し訳なさいっぱいだが」

「ねー」

そんな他愛ない話をしてると、校庭に先生たちがやってきた。俺たちは並んで先生の言葉を待った。
とはいっても、まぁ、いつもと大して変わりはないと思うが。指示を与えられて、それをこなして、点数をつけてもらう。それだけだろう。

んが、しかしだ。

「…え、なんでまた」

「今日に限って…いつもと違う人間と組んで、なんて…」

俺たちは顔を見合わせて凍り付いていた。

「竹谷……私と、組む?」

「いや、どうしよう。すげぇ足引っ張る気がするから、お前に頼む勇気ちょっとねぇわ」

「なんで、良いじゃん、むしろ気の知れた」

「お前の実力知ってるから気遣ってんの!」

お互いに、眉間に深く皺が寄る。同時に周りをぐるりとみて、適当に目星をつける。そうだな…あたりに、頼んでみるか。

「じゃああとでな。俺はを頼る!」

「了解!頑張って!……って、私は誰を頼れば、」

厄介な事になった、と不破は空元気な声を上げて俺を見送った。なんとか、この実習をやり過ごしたい。四年生最後だから?関係なくないか、最後とか、そんなの。いつもと違うなら違うでもっと早く言ってくれたら心の準備もできたっつーのに。
なんてぶつくさ言ってても仕様が無い。まずは、なんとか落第しないよう努めねば。俺はきょろきょろと周りを見回すが、他の忍たまに掴まる前に声をかけた。












「ねぇ」

「……なに」

「今声かけたら、なにが言いたいか分かるでしょ?」

俺は、竹谷を見送り、その場に立ち尽くしていた、に声をかけた。は先程と同じように、顔をあげて俺を見ると、低めの声でそう応えた。
組みたくなさそうな顔してる。思いっきり顔にそう書いてある。言葉にはしてない。でも、今声をかけたらそういう事、だろ。
そんな俺の誘いを拒もうと、俺から視線を外し、周りをうかがう。けど、

「周りは、ほとんど、組んでしまってるけど?」

「…そう、ね。…雷蔵も、組んじゃってるみたいだし」

「雷蔵とはいつも組んでるだろ」

「…雷蔵が、誰と組むのか、気になっただけ…」

は、遠くでくのたまと話している雷蔵を見て、ふぅ、と小さく溜息を吐いた。その顔は、哀愁を帯びてる。眉も、僅かに下がった。
その姿を見て、俺が溜息をつきたくなる。

けど、君には選択肢がないよ。

「で、どうするの」

「鉢屋三郎しか、残ってないなら、鉢屋三郎と組むわ」

「もう少し、言い方変えない?」

「よろしくおねがいします」

文字を読むようにそう言って俺に頭を下げたはさっさと先生のほうに向き直って指示を待った。
竹谷と話すみたいには、してくれないんだな。

「それじゃあ行こうか」

「えぇ」

「足引っ張らないように頑張るよ」

「それは心配してない」

俺が促すと、は一つ頷いて歩き出した。

「…」

俺はがそのあとにもなにか続けて話していたけれど、それ以上に気になって、言葉が耳に入ってこなかった。違和感を感じたから。僅かな、違和感を。



「なに?」

話の途中に口を挟んだ事に、少し怒ったか、少しだけ眉をひそめてが俺を見上げた。

「足、どうした?」

「え?」

「え、じゃなくて」

よくよく見たらその違和感が分かった。の、歩き方が、少しだけおかしい。重心移動が滑らかじゃない。
足を庇う様に動いている。

「別に、なんでも」

ふい、と視線が俺から逸れた。そんな態度取ったら、なんでもないって、言ってるようなもんだろ。
怪我か?ここ数日俺が寝込んでる間に怪我でもしたか。いや、待て。

「もしかして…こないだの所為か」

「…ち、がうよ。別になにも」

少しだけ、表情に色がついた。一瞬繋がった視線が、大きく逸らされた。動揺してる。
原因がなんであれ、足に何かあるのは、間違いない。俺が腕を掴むと、それを拒むように抵抗を見せたが、その時に、一瞬だけ、顔をゆがめた。

「今日の実習は、駄目だ」

「な、なに言ってるの」

「たかが実習だ。今無理をして、この先に何かあったら馬鹿らしい」

「い、いやよ。放して、鉢屋三郎、」

「駄目だ」

かすり傷一つでも、それが、どうなるかなんて分からない。最悪の状況も考えなくちゃいけない。
それが忍として生きていく人間の心構えだ。

「手だけじゃない、身体の何処だって、怪我をすればなにかしら支障が出る」

「なに言って」

「前にも言った筈だ」

「そっ…れは、」

「先生!」

これが学年最後の実習だからって、そんなのは関係ない。たかが実習だ。授業の一環でしかない。
君の身体のことを思えば。所詮、その程度のものでしかない。

俺は、君が、君の身体が心配なんだ。














「残念だったね」

「人事だと思って」

「まぁ、人事だし」

「うぅ、酷い…」

外は静まり返り、深い闇にしんしんと雪が降り積もっていく。
私は目の前で愚痴を垂れるにお茶を入れてやった。はありがとう、と笑ったが、すぐに唇を尖らせて、また愚痴をこぼした。

左足の指が少しだけ凍傷を起こしていた、という。なんでまた凍傷なんて。
いくら布団から足が出てたって凍傷なんてならないだろうし、こんなに火を灯してる今ですらこんなに寒いのに、夜中に足出ちゃったら目が冷めると思うんだけど。

ずずず、とお茶を啜る。何やってんのよ、と世話を焼いても、その原因を話すつもりはなさそうだ。

「でもさすがね、

「嬉しいような、悲しいような」

「目に見えてるだろうしね、結果は」

「でも出来る事なら自分できちんとやって見せたかったなぁ」

日頃から火器に関しては良い成績しか取らないし、火器に関してのみ言えば扱いも知識量も群を抜いている。
そんな訳で、実習を休んだだけど、落第などと言うことはなく、むしろ高得点が取れたであろう、という想定で成績が付けられるようだ。
さすがに四年最後の実習だからできることなら、と先生も思っていたようだけど、鉢屋くんの助言で見学に。

それがまたにしてみれば気に入らないのだろうけれど。

「今日も雷蔵と組めたら良かったのに」

「雷蔵君も、多分止めたと思うけど?」

「雷蔵にやめろって言われて見学してたほうが良かった」

更に悪態をつこうとしただったけど、言葉が出ないのか、そのまま口を噤んだ。苦しそうな顔しながら。
私は敢えて反論するでもなく、煽るでもなく、静かにお茶をすすった。

「すぐに治るよ。大人しくしてれば」

「…うん、しばらくは、大人しくしてるよ」

「雪が解けたら…すぐ、春だしね」

「五年生、か」

なんだか実感がない。自分たちが五年生になるなんて。五年生、と二人で繰り返せば、自然と笑みが浮かぶ。
お互いに楽しみだね、と顔を見合わせて笑って、外に目を向けた。この深い、大粒の雪がやんで、溶けて、春が来れば。

「暖かくして寝る」

「それが良いよ。ほら、ちゃんと布団かぶって!」

「でた、おかん!」

「こんな手の掛かる娘はいらん。あーあ、私ももう寝よっと。いい?灯、消すよー」

「いいよー。ありがとう」

「おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい」







18.12.03




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