2/15 京都弁のドラマの発音
2/27 スパムメールの件名いろいろ

2/27 スパムメールの件名いろいろ

うちには、自慢ではないがスパムメール、迷惑メールが山ほど来る。

毎日150通以上は来る。200を越えたかもしれない。それを1通ずつ、しこしこと削除しているわけだけれども、その原因が、ウェブ上にメールアドレスをアップしてあるからだということは分かっている。

現在メルアドの公開を原則として控えているのだが、これはとても残念なことで、出来るなら早く公開したいのだが、出来ない。
サイト管理人になったらスパムは絶対来る、と言われており、それは覚悟しなければならないと言われているので、まあしようがないと思っている。

サイトを作った当初はそんなことは分からなくて、メールを下さいね、とアドレスを公開していた。
始めのうちは、スパムもそんなになかったし、非公開にするほどでもなかった。
スパムがなくはなかった。だが、そんなに多かったわけではない。20通から50通くらいだった。
それが、急激に増えたのはつい最近のことだ。去年あたりくらいからかもしれない。

しようがないので、それまでサイトのページに公開していたアドレスを出来る限り削除したのだが、出来ないページが1ページだけある。
なんでもそこのサーバーのHDが壊れてしまい、修復不可能になったため、修正も削除することも出来ないのだ。

そこを捨てて、そこにアップしてあるものをよそに引越して、そののちそのサイトにお願いしたら全部削除してくれるということだが、あまりにも膨大な量をアップしてあるので短期間には到底引越しが出来ない。
現在無料HPを探し中だが、帯に短し襷に長し。

個人サーバーで広告なしというすごいのがあったのだけれど、2ヶ月ごとに延長申請をしなければならないらしい…。どうしたものか。しかもファイルマネージャーがついているのは嬉しいのだが、一度にひとつのファイルしかアップ出来ない…。だからね、帯に短し…というわけなのだ。

 

ところで、そんなわけでスパムは増えるいっぽうなのだが、大抵は外国の名前で来る。
それも、初めはビルとか、アルフレッドとか、ジョルジョとか、カトリーヌなど欧米の名ばかりだったのが、最近はアブドゥルとかオマーとかの中近東アラブ系、イスマエルとかザカリヤとかナサニエルなどイスラエル系などもあって、百花繚乱。
タイ、韓国などアジア系もある。

でも一番多いのは日本のアダルト系だと思う。

それも、お久しぶりです、とか、こんにちは、初めましてなどのまぎらわしい件名がつく。

まぎらわしい件名なのは、うっかりして、受信者が開くことを狙っているからだ。
「もうお忘れかもしれませんが」とか、「この間の件について」などの件名も限りなく怪しい。こういうのは一括削除したいものだ。

「藤堂理沙」という個人名が多かった。しばらくご無沙汰だと思っていたら、
「初めまして、理沙です」というメールが来た。
初めましてじゃないだろ、と一応突っ込む。

「あなたの整理番号は115です。決定しました」というのも良くある。
勝手に決定されても…。

「巨乳美女紹介」なども多い。
一時「逆援会う前にお金がもらえる」というのもやたら来た。
逆援交を略したものだろうが、略しすぎ。

「いつもお世話になっております」「アドレス変更のお知らせ」そして「お急ぎ下さい。今すぐにでも可能です」…。きりがない。

高収入女性紹介、という感じのが多くなっており、最近の世相を反映しているなあと感慨を持つ。
金子奈津という個人名で、「口が硬い人ですよね?秘密厳守でお願いしたいのですが…」という件名が来た。
いやあ、私は秘密を漏らしちまう人なんでねえ…。ごめん奈津、漏洩したよ。

中には「欲求不満…でも自分で相手を探せない女性に」というタイトルのものがあり、身につまされ、思わずそそられる。

 

そんな中で、どうしても気になるのが、送信者がSyokai@ナントカ…と書かれているもの。
私はヘボン式ローマ字を採用しており、それが最良であると思っているので、紹介はShokaiと書くべきだと思う。
こういうことをなおざりにしている人があまりに多い。

サイトでファイル名を作る時は煩雑なので略す時もあるが、やはり正しい(?)ローマ字を使ってもらわないと気持ちが悪い。
SyokaiはShokaiと書いて下さい、と送信者に言いたいが、返信するわけにもいかず、苦悩する。

しかし、本当はどちらが正しいと言うのはないだろうし、ひょっとしたらそれぞれに使い分けることがあるのかもしれない。

*なおざりという言葉の使い方は正しいのだろうか。この言葉(おざなりとの違い)がややこしくて、苦悩する。

*これを書いたのち、無料サイトが見つかって、トップページを移動した。スパムが減ることを期待している。

*ハードディスクが壊れた、かのサーバーのほかの管理人のところは機能しているものがあって、ちょっとむかつく。
サーバーの名は「Media Net Japan」だ。と、名前をさらしてみる。

 

 2/15 京都弁のドラマの発音

川端康成の「古都」という小説は読んだことがなく、あまり興味もなかったのだが、先日テレビドラマ化され、母が何となく見ていたので、私もつられて最後の方をちょっぴり見た。

「古都」という小説は、観光小説とも観光パンフレットとも酷評されていたらしい*が、それくらい京都の名所や年中行事がちりばめられている小説だという。昔、山口百恵が映画で演じていたような気がする。

*「京都のナゾ?意外な真実!」より

 

それにしても、こういうテレビドラマは、とても客観的には見られない。もともとドラマがかったるいという私の性格もあるが、どうしても俳優のイントネーションが気になってしまい、まともにストーリーを追えないのだ。

主人公のなんとかあやというタレントは(双子の役なので、姉と妹の両方を演じている)、なかなか良く頑張っていた。かなり頑張っていた。
けれどもやっぱり、決定的に駄目である。

やたらに舞妓さん舞妓さん、というセリフが出て来るので、さすがに京都のドラマだけあって、双子のどちらかが舞妓さんなのだな、と思っていたのだが、いつまで経ってもかんじんの舞妓さんが登場しない。

どうしてだろう、と思っていたら、よくよく考えたら、それは、主人公の双子の妹の名前だったらしい。

つまり、麻衣子だか舞子だか分からないが、妹は「まいこ」という名前だったようなのだ。
だが、私の耳にはどう聞いても舞妓さんとしか聞こえない。

このように、タレントがどんなに真剣に演じていようと、いったん発音が気になったらもう、ドラマは自然には見られない。

 

方言ドラマというのは、原則的に、その地方以外の人向きに作ってあるのだろう。

イントネーションがおかしい、と言ってドラマを楽しめないのは、1/47の地方だけにしかすぎず、その他の46/47都道府県の人間は、それらしい発音さえしていれば、それで楽しめるのだから、言わば、1/47の人を楽しませるよりも46/47の人が楽しめればよいという、多数決の原理でテレビが運営されているのだ、と言ってよい。

こんなところにも、テレビというものがいかにいい加減であるかということが表われている。

 

ただ、方言というものは、あまりにも忠実に、あまりにもありのまま再現すると、具合がよくない、という部分も確かに含む。

もうひとつ、なんとかあやの発音で気になったのが、一人称を表す「うち」だ。
あやは、これのイントネーションを完全に間違えていた。

うち、というイントネーションは、「う」よりも「ち」を半音高く発音する。
う>ち と発音するのは京都ではない。
う<ち でなければ、京都弁とは言えない。なんとかアヤは、もう、基本が駄目なのだ。

だから彼女が、うち、と言うたびにだあーっ、とうんざりするのである。

方言指導の先生がいるはずだが、これをちゃんと教えない。
しかし、そのわけは少し分かるような気はする。

う<ちという、ネイティブな京都弁は、発音すると汚いのだ。
えてしてネイティブな言葉はあまり美しくない。
京都弁(京言葉)は、ヨソサンにはたおやかなイメージがあるかもしれないが、やっぱり方言である以上、そんなにきれいなものではない。

 

私は子供の頃、自分の一人称として「うち」を使っていたけれど、大きくなって、それがとても汚い言葉に思えて来たので、意識して「私」に言いかえることにした。

姉がいたので、姉のことを「姉ちゃん」と言っていた。
これも、発音が関東と違う。
ねえ<ちゃん という風に、後ろの方が半音上がる。

それがあまりにも汚いので、姉も私もこの呼び方がいやになり、意識して変えるようにした。
結局何と呼ぼうかと二人でいろいろ考えた挙句、固有名詞で呼ぶことに決めた。
つまり、姉の名前をそのまま、「○○子さん」と呼ぶことにしたのだ。

今でも私は姉を○○子さんと、えらい他人行儀な呼び方をしている。
私だけでなく、母も姉のことを○○子さん、と呼ぶ。

 

ネイティブな発音を、そのままテレビの電波に乗せたら、あまりにも汚くて、46/47の都道府県の人が、京都弁って汚いんだ、と思われてしまうのだ。
化けの皮がはがれてしまう。京都に対するほんのりとした憧れを打ち砕いてしまうかもしれない。

それならば、間違った発音だけれども、イメージを損なわないような、美しげな言葉を使って、人々の期待を裏切らない方が親切なのかもしれない。
またテレビでは、聞いて耳当たりのよい発音にあえて、わざと置き換えているのかもしれない。

 

純粋京都人は、京都の言葉は京都弁ではなく、京言葉だと主張する(らしい)。
京言葉は方言ではない、都の言葉なのだと。

けれども、下々の、私たちのような庶民の言葉はやっぱり方言だと思うのだが。


註) 「うち」には二つ意味があって、ひとつは女性の1人称として、もうひとつは、「私の家」「私の家庭」という意味にも使う。

ウチでは(私の家では)、とか、ウチはおすまし(私の家庭では正月のお雑煮はおすましだ)というような使い方をする。その場合の「ウチ」の発音はう>ち、と「う」の方が1音高い。
だから、「う>ち」と発音された場合、関西では自動的にウチの家、という意味に解釈するのだ。

05/2

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