05/9/18 「世にも怪奇な物語」〜映画の人形
05/09/18 「世にも怪奇な物語」〜映画の人形
Dolly Dollyの最新号が、「人形者のための映画案内」という、まあ訳の分からない特集だったのだが、なつかしい映画が出ていたので、ちょっと思い出してしまった。
映画の中に出て来たキャラクターを人形化しているのがいくつかあって、その中に「世にも怪奇な物語」の中の、「悪魔の首飾り」(Tobby Dammit)があった。
人形は桃子をアレンジした美少女だったが、映画の中にこの少女はほんの一瞬しか登場しない。
全部で2時間以上ある映画の中で、ほんの10秒か20秒ほどではなかったろうか。
しかも本当は美少女ではなくて、老婆だった。というか、般若というか。
美少女と見せかけた悪魔だったというわけだ。
「世にも怪奇な物語」というのはオムニバス映画で、40分ほどの短編3つから成っていて、それぞれロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、そしてフェリーニが監督している。
エドガー・アラン・ポオの短編を映画化したもので、フランス映画であるので、タイトルは怪奇映画かホラーみたいだが、実は芸術の香りのする素晴らしい映画だった。
中でもDolly Dollyが特集しているフェリーニ編はさすがフェリーニで、一番良かった。
主演しているのが私のお気に入りのテレンス・スタンプ。
アル中のシェイクスピア俳優という設定で、イタリアに映画の主演のためやって来て(というのが楽屋落ち)、映画祭に出て「マクベス」の1節を口ずさむ。
『消えろ、消えろ、短いロウソク。人生なんて歩く影』。
ポオの原作はもちろん19世紀が舞台だが、フェリーニはそれを現代に移して大胆にアダプト。
言わば、フェリーニ得意のバックステージものになっていた。その中で、悪魔である少女が登場すると、あまりにもメタファーが安易過ぎて、私は興ざめしたのだけれど。
それでも、始めから終いまで一種独特の映画マジックの世界に迷い込ませるような幻惑的な作りはまさにフェリーニの独壇場で酔わせてくれた。
古いパンフレット。宇野アキラ風のイラストがすてきだった。私のお宝だ始めてこの映画を見た時は、ものすごく子供だったので、通り一遍の解釈しか出来なかった。
落ち目のアル中の役者といっても、そんなに悪い人じゃない。
それなのに、命を落してしまう結末なんて、不条理だし可哀相だ…なんて思っていたのだ。けれども、今思うと、あの主人公は「死」に魅入られていた。彼は破滅を望んでいたのだろう。
破滅を誘う悪魔が、少女の姿をしていたら…というのは、彼の幻想で、彼の願望だったのだろう、と。
本でもそうだが、最初に読んだり見たりした時の印象と、時が経ってからもう一度見た時の印象というのは、変わるものだ。
その時は、自分の解釈は正しくて、気持ちが変わるなんて思わないものだが、年を取ると、自分は変わるんだということが、痛切に分かるようになる。
やっぱり、若い時は未熟で、何も分かっていなかったんだなあと思ってしまう。
だからと言って、今の自分が何でも分かるとは到底言えないが。
それはともかく、美少女が出て来るからといって、別にフェリーニはロリコンではない。
沢山ある作品の中の一つに少女が出て来たからロリコン、という決めつけをするのは、男性の悪いクセだ。
デヴィッド・クローネンバーグの初期の映画にも幼女性愛のようなのがあって、それでクローネンバーグはロリコンだと騒がれたことがあったが、アホみたいである。
フェリーニはご存知のように、デブ専だ。
気球のような巨大な女が、どの映画にもあまりにも繰り返し登場するし、フェリーニが、その巨大女に大地のような安定とか、母性とかを抱いていたことは、誰にでも分かるだろう。
奇形としてではなく、憧憬する存在として描かれている。
か細い少年がデブ女に抱きつく場面などには、明らかにデブ女を母として焦がれているものを感じる。
だからこそフェリーニを愛せるのであって、「悪魔の首飾り」の中の少女は、フェリーニ映画ではとても異質で、何となく居心地の悪さが出ているというか、勝手が違うのでフェリーニもあまり上出来の描写が出来なかったように思えるのだ。
死に魅入られたデカダンス、というのもフェリーニ的ではないと思う。
フェリーニは何よりバイタリティの人なのだから。それでも、これだけの映像で魅せるのだから、ヴィスコンティ派の私もつい、なびいてしまうのだ。
「世にも怪奇な物語」のあとふたつもなかなか面白い趣向があった。
第一話はロジェ・ヴァディムが当時の妻、ジェーン・フォンダを主役に中世の我侭な女領主の破滅を描いた。
彼女が恋心を抱く隣家の男爵役がピーター・フォンダで、この二人のツーショット。アメリカンな二人を使って近親愛的な倒錯を演出したヴァディムはさすが。
私は密かに好きです。
何度も二人のツーショットを、どきどきしながら見たのだ。第二話はポオの有名な「ウィリアム・ウィルソン」で、アラン・ドロンの二役。
ブリジット・バルドーとの競演が話題を呼んだ。ワタシ的には、ラスト、死体になったドロンの瞼がパチパチ動いたのが印象的だった(イケズ)。
第3話のタイトルNever Bet the Devil Your Headはポオの小説のタイトルで、映画版タイトルは確か主人公の名前トビー・ダミットだった。
なぜポオの小説がフランスで映画化されるかというと、ポオはフランスの詩人ボードレールに賞賛され、フランス語訳された。
ボードレールの訳により、フランスではポオは推理小説の創始者というよりも、幻想作家として認められているからだという。…ようなことが、パンフレットの「みゆき洋画散歩」に書かれてあり、なつかしい。
さて映画のお人形化、で私は何を作りたいかというと「シャーロック・ホームズの冒険」は外せない。それから「モーリス」、「太陽と月に背いて」。
…って、ホームズを除きゲイばっかりじゃん。
でも「モーリス」の微妙な階級差を感じる紳士服なんかはいいと思うし、「タイタニック」も悪くないけれど、ランボーのデカプリ人形は欲しいよ。
あと「レディホーク」のルト様騎士とミシェルお姫様。
実は、作りたいと思っていたのだが、まだ実現していない。
ほかには、ゲイリー・オールドマン限定「シド・アンド・ナンシー」のシド・ヴィシャスとか(「不滅の恋」のベートーベンでも可)、「トゥームストーン」のヴァル・キルマー仕様ドク・ホリデイとか。
単に、ファンだというだけなのだけれど。
女のちゃらちゃらした人形のドレスなんて市販品でいくらもあるから欲しくもなんともない。想像の中では断然男ものばかりで埋め尽されるのだ。
オヤジ好きだから。