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『ほんとはね。』 ほんとはね キミに伝えたいことがあったけど 言葉に出来なくて… さよなら 父方の祖父が危ないと、東方司令部のジャン・ハボックあてに連絡が入ったのは、丁度昨日のお昼頃。 昨日は珍しく仕事が暇だった。だから、彼の直属の部下であるロイ・マスタングは、彼に早退して実家に向かうことを許可したのだ。 彼はほんの少し躊躇いながらも、ロイにすまなそうに笑うと急いで東方司令部から出て行った。 あれから、一日。恋人である自分の元に、彼からの連絡はない。 幸い、今はテロもそう頻繁には起きていない為、仕事は至ってスムーズに進んでいる。 しかし、ロイは気になっていた。 随分前になるが、彼が言っていた言葉を思い出したのだ。 『俺、かなりのおじいちゃんっ子なんすよ』 幼い頃からずっと、忙しい両親の代わりに祖父が育ててくれた。 だから、料理や洗濯・掃除など、それこそ生きていくのに必要なことすべてを教えてくれたのだそうだ。 その祖父が危ないと聞いた瞬間、いつも飄々としている彼の顔がこわばった。 それは、恋人であるロイにしかわからないような、ごく小さな変化だった。 『行ってこい、ハボック』 そう言うと彼は、戸惑ったような顔をした。 『幸い、今は仕事はそんなに忙しくないわ。一週間ほど有休を使って、実家にお戻りなさい』 二人がかり(?)でそう言うと、ハボックはすまなそうに言ったのだ。 『すみません。…じゃあ、一週間お休み貰います。ついたら連絡しますから』 最後の言葉は、自分に向けられたもの。なのに、なんの連絡もない。 なにか、あったのだろうか。 危ない…ということは、やはり……。 祈るように手を額の前で交差する。 どうか、ハボックが悲しむことのないようにと。 大事な人がいなくなるのは、本当に辛いことだから。 そんな時、家の電話が鳴った。 急いで出ると、相手は少し疲れたような声で名を名乗った。 『ハボックです』 待っていた声。 でもどこかその声は、悲しみを含んでいるように感じられた。 勘違いであってほしい。 彼の悲しい顔は、見たくない。 悲しませたくない。 『祖父が、亡くなりました』 その瞬間、あぁ…と、天を仰ぎたい気分に陥った。 「そうか…」 『すみません。本当なら、昨日連絡しなければいけなかったんすけど、ちょっとごたごたしてたもんで…』 別にそんなことはいい。 確かに心配はしたが、近しい人を亡くしたばかりでそこまで気が回るとも思えない。 「…寝てないのか?」 そう問うと、微かに電話越しのハボックは驚いたようだった。 『…眠れないっすよ。いろいろやることも多くて』 その声は疲れていて、遠くにいることがもどかしいと思った。 いたたまれない。 『明日、葬儀なんです』 やっぱり、一週間くらい休むことになりそうです。 申し訳なさそうに彼は言った。 そんなこと、どうでもいいのに。 「葬儀には、私も出席する。中尉には、お前から連絡しておいてくれ」 気づけば、そんなことを口走っていた。 『大佐?』 「今から列車に乗れば、一時間ほどでつくだろう。駅まで迎えに来てくれるか?」 『何言って…。あんた、仕事は?』 「放っておけばいい」 『バカなこと言わんでください』 呆れたような溜息が、受話器越しに聞こえた。 だって…だって…。 「お前が心配なんだ」 『え?』 「仕事なんかより、お前の方が、心配だ…」 ハボックは兄弟が多いと言っていた。 きっと、妹や弟たちの前では泣けないだろうから。 悲しみにくれることも、出来ないだろうから。 だから、泣かせてやろうと思った。 自分が傍にいることで、泣けるかどうかはわからないけれど、そんな状態のまま、気を張らせるわけにはいかなかった。 ハボックの故郷についたのは、夜の七時頃だった。 記者を降りて駅から出るとすぐに、金髪長身の男が近づいてきた。 安心したような、どこか呆れたような苦笑を漏らしていた。 「近くのホテルとっておきました」 とりあえず簡単に詰めてきた荷物を、ハボックがひょいと取り上げる。 「わざわざすみません。疲れてるのに」 軽く会釈をされて、なんだか無性に苦しくなった。 気なんて使わなくていいのに。 こんな時にまで、気遣わなくてもいいのに。 一緒に歩きながら、ホテルへと向かう。 途中、商店街のような所でハボックが軽く惣菜などを買っていた。 店に立ち寄るたび、彼は気の毒そうな言葉を投げかけられていた。 「おじいさん、残念だったねぇ」 とか、 「あんまり気を落とすんじゃないよ」 だとか、気遣うような言葉をかけられていた。 ホテルの部屋につくと、ハボックは苦笑した。 「あの商店街、じいさんの散歩コースだったんすよ。だから皆…顔見知りで…」 力なく笑う彼に、ロイはゆっくりと近づいた。 俯くその頬をそっと両手で包み込む。 「……」 こつんと肩に彼の頭が置かれた。 何も言わずに背中に手を回すと、ほんの少しだけ肩が震えた気がした。 いつも彼がするように、そっと背中を撫でる。 あやすように、優しく。 何も言わずに。 親しい者を亡くすのは、辛いから それを痛いほどよく知っているから だから 何も言わずに ただ今だけは 悲しみに浸らせてあげよう それが唯一 死者を弔う方法だから くしゃくしゃと頭を撫でると、強く抱きすくめられた。 「……っ…」 肩が震える。 泣いているのだろうか? 「…ジャン…」 思いのほか、名前を呼ぶ声が切なくなった。 ぎゅっと抱きしめて、切なくて苦しくて、耳元で「大丈夫だ…」と囁いた。 「我慢なんてしなくていい…。しなくていいから…、思いっきり泣け…」 そう言うと、更に強く抱きすくめられた。 「間に…合わなかっ……」 嗚咽のせいで声が途切れる。 「ジャン…」 「着いた…っきには……もう…っ」 こんな風に泣く彼を、今まで見たことがなかった。 割と仲の良かったヒューズが死んだ時も、彼は静かに涙を流したけれど、こんな風に嗚咽を吐き出しはしなかった。 いつも自分を支え、辛くて泣きたい時には黙って傍にいて泣かせてくれた。 その彼が、今こんなにも悲しみに沈んでいる。 ベットに座らせて、頭をギュッと包み込む。シャツが少しずつ濡れていく。 しばらく泣き続けた後、ハボックはそっと体を離し顔を手で覆った。 「ジャン…?」 「…すみません、泣きすぎました…」 自分を落ち着かせるように数度深呼吸をしている。 「いや、それよりもう大丈夫か?」 心配そうに問いかけると、彼は俯いたままこくりと頷いた。 「なら、何故顔をあげない?」 「…目、赤くなってると思うんで…」 「別に、今更だろう」 グイと強引にこちらを向かせると、彼はバツの悪そうな顔をしていた。 確かに、目が赤くなっている。 「あの、この目で帰るわけいかないんで、今日ここに泊まってもいいっすかね?」 躊躇いがちな問いかけに、ロイは「もちろんだ」と答えた。 元より、帰すつもりもなかった。 今日はずっと傍にいて、泣かせてやるつもりだったのだから。 「なんか、…恥ずかしいっすね」 「どうしてだ?」 「あんたの前で、こんな風に泣くなんて思ってなかったから」 ぽりぽりと頭をかく彼に、ロイは微かに笑った。そして彼の頭をぎゅっと抱きしめる。 「私の前で、我慢なんてしなくていい。泣いたっていいんだ。私は、黙って泣かせてあげられるような存在になりたいんだ」 そっと赤くなった目元を撫でると、ハボックは微かに頬を染めた。 母親が子供を抱きしめるのと同じように、大切そうに抱きしめて、ロイはいつもより優しい口調で語る。 ハボックもその優しさに、顔を埋めてゆっくりと目を閉じた。 まるで、大好きな祖父の腕の中にいるような感覚に陥った。 本当に、自分に優しさと安らぎを与えてくれるという点においては、二人は似ているのだ。 時に厳しく、時に優しく、自分を想ってくれる人。 あぁ、俺はこの人がいれば、きっと大丈夫だ。 そのまま抱き合って、服も着替えずに眠った。 朝目覚めた時は、なんだか妙に気分が良かった。 ちゃんと泣かせてくれたから、ちゃんと弔うことが出来たと思う。 自分を優しく抱きしめたまま眠っていたらしい恋人は、まだ夢の中にいる。 ハボックは首を伸ばしてロイの額にキスをした。 「ありがとう…」 泣かせてくれて、ありがとう。 ずっとね、言おうと思ってたんです。 でもその矢先に、死んでしまった。 だからね、決めました俺。 今日、じいさんに報告します。 あんたが、俺の「一番大切な人」だって。 黙って泣かせてくれる、「大切な人」だって。 END *―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―* 先日、父方の祖父が亡くなった時、女ばかりの従姉妹の中で唯一の男である21歳のKくんが、静かに泣いていたのを見て思いついた話です。 ボロボロ泣く祖母や叔母の手を取って支えていて、きっとうまく泣けなかったと思うんです。 孫の中で唯一の男の子ということで、凄く可愛がって貰ってた。 だからこそ、辛かったと思うんです。 それこそ、泣きじゃくりたいくらいに…。 サブタイトルの『ほんとはね。』は、私の大好きなアーティスト「より子。」から頂きました。 ちなみにこの曲は、ソニンがカヴァーしています。 歌詞もいいけど、より子。の歌い方が泣けます。 初めて聴いた時、30分泣き続けました。 |