超真面目人間
給ハ村環境問題研究所
代表取締役玉村富男
天国にいる母上! 私を産んでくれて有難う。私も来年一月十五日、七十歳です。
父上は「富男、結婚を考えている女性がいるだろうが、今は美人でも年と共に美貌
は変化する。結婚は子孫を残すのが目的。長生きする動物は子育ての時間が長い。結
婚相手は冷静に選べよ。素直で頭のいい子を得なければ親が一生苦労するよ。
私は、福井の女学校を出た君のお母さんに福井から田舎の下庄村に来てもらった。
小学校しか出ていないワシと結婚してくれた。素直で頭のいい子を産んで欲しいとお
願いして、福井からわざわざ来てもらって今日のお前がいるんだよ。勉強好きで、頭
がよくて明るく素直な良い子でなかったら、それこそ一生苦労するぞ。親は子供に対
してしっかりと責任を負わねばならない。忘れぬな。憶えておけ。だから冷静に相手
を選べ、分かったな。それから、教育で身につけたものは燃えて無くなったり、盗ま
れたりしないから、子供達全員大学教育する。」と私に熱心に語った。
小学校出の父。福井の女学校出の母、十人の子宝に恵まれた。四男と長女は幼くし
て死んだ。残り男七人、女一人のハ人兄弟で育った。私は七男坊。
父は祖父の桟屋を若くして継いだ。母は朝四時の暗いうちから工場へ行き、燃糸と
いう機械の切れた糸を結合させた。尊い母の姿が今も瞼に浮かぶ。母は何事にも一生
懸命の人で超真面目人間だった。福井出身の主婦達の奥うめお会長を尊敬する母であ
った。
父母は、父の弟に慶応義塾大学医学部を卒業させ、長男に今の京都大学医学部を卒
業させた。更に五人の男の子供全員を慶応義塾大学を卒業させる教育熱心な父と母だ
った。
昭和二十七年、私は大野を出発し、福井から汽車で十三時間かけて上京し、都立小
山台高校に入学。末弟は中学から東京に出してもらった。私の活発な性格を心配した
母は、自分の弟と、父と兄共全員を前に、「富男、そこに正座し両手を畳に。高校か
ら東京に行きたいなら皆の前で誓ってから出て行って欲しい。先ず第一に一生懸命勉
強すると誓って欲しい。もう一つ絶対に女遊びはしないと誓って欲しい。それでよし。
そんなら東京に出してあげる。」
七十年間、七転びハ起きの人生を乗り切ってきました。いつも、この状景を想い出
し、自分の出生に深い願いをかけてくれたお母さんに心から感謝します。有難う。
近藤昌平編「愛する母への感謝状」(かんき出版、154P-155Pより)