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いとおしむ(2/4)
「おい」
「え……?」
「俺はお前を腫れ物に触るように扱う気はないぞ」
「……はい」
たどり着いた結果は最善ではなかった。失ったものは大きい。
和は箸を止めて、三笠のほうを向いた。
「ずっと、三笠さんにもらったメールに返事をしようと思ってたんです。でも、いざ書こうと思うと何から始めていいのかわからなくて……」
モニターの前で思いついた言葉を並べてみる。
お久しぶりです。ずっと連絡せずにすみません。心配してくれてありがとうございます。
そうして綴る当たり障りの無い言葉の中で、書きたい言葉だけがずっと書けずにいた。
「だから、メールに書かれてあった猫を見つけて、だったらメールできるかなって」
「まわりくどい話だ」
「そう、ですね。すみません」
「俺も似たようなものだがな」
「え?」
「お前に連絡する前に日織に連絡した。帰ってないと聞いた時はどうしようかと思ったぞ」
やれやれと眉をひそめる三笠に、和は力なく笑ってみせた。
「もう大丈夫だって思ってはいるんです。
でも、日織と本当に会った時、どういう顔してるか自信がなくて……」
自分の顔を見て、日織に落ち込んでほしくない。
あの城に誘われたのは事実だが、起こってしまったことを日織のせいにする気など微塵もないし、その事でこれからの関係がぎこちなくなってしまうのが一番嫌だった。
「だから、猫を見つけられたら、それで三笠さんにメールしようって思ってたんです。
何だか色々と順番が変わっちゃいましたけど」
「そうか」
ふと、会話が途切れる。
客もまばらなうどん屋の中でテレビのワイドショーの音だけが小さく響いていた。
少しだけ緩んでいた頬を引き締めると、和は意を決したように三笠を正面から見据えた。
「断られたら、決心がにぶりそうで怖かったんです」
和の瞳があまりにも強くて、もうこちらからそらす事などできない。
「三笠さんに、会いたかったです」
告げられた言葉が胸に落ちる前に、三笠は口を開いていた。
「どうして」
「……あの日記を燃やしてしまおうと思います」
事件中に見つけたその中にはおぞましい出来事が書かれていた。
悪魔に魅入られた女達が、息子を生贄に悪魔を呼び出そうとしていたという事実。
書いたのはアルノルトのの父親で、女の夫だった。
「僕以外、中身は訳してもらったハユツクさん……日織と、三笠さんしか知りません」
三笠ですら初めて聞いた時には言葉が出なかった。
絹子も、ディートリヒすらいなくなってしまった今、アルノルトがそんな事を知ってしまえば取り返しがつかないことになるだろう。事件後の騒動の中で、日記は和の鞄の奥へとしまい込まれ、日本へと持って帰ってきてしまっていた。無言で和を見つめていた三笠に、和は慌てて言葉を繋いだ。
「あのっ!無かった事にしようとか、そんなつもりじゃないんです。むしろその逆で……」
「わかってる」
巻き込まれたら他人事ではすまされない、と伝えたのは自分だ。
和はホッとしたように話を続けた。
「ちゃんと、起こったことは受け止めなくちゃいけないって思ってるんです。
でも、これを持ってるとずっと立ち止まったままのような気がして、だから、あの時一番近くにいてくれた三笠さんに、見ていて欲しいって思ったんです」
背負ったまま立ち直れるように。
「ほ、本当に自分勝手なお願いだってわかってるんです。三笠さんだって忙しいのにこんなことお願いするのは迷惑だって、なので嫌だったら途中で帰ってもらっても全然構いませんので、その」
「馬鹿者」
「す、すみません!」
「違う。そういうことはもっと早く連絡しないか。日織に連絡する手間がはぶけた」
「は?へ?」
憮然としながら三笠は和に問いかける。
「日記は家にあるのか?とりあえずそれを食え。残すな」
「ええと、はい。食べます……」
「食ったらお前の家に行くぞ」
「わ、わかりました」
三笠はなんでもない会話のように告げる。
和は慌てて伸びた麺を流し込んだ。
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