【スケッチ・模写・ファンアートについての見解】


◆最初に

私はツイッター上に、それぞれ異なる用途・目的で制作した絵をアップロードしています。
その違いについて改めて説明し、個人的な見解を明らかにしたいと考えこの文章にまとめました。
少し長くなりますが、内容に興味がございましたら是非ご一読ください。



★追記3(2017/03/20)
資料写真を用いた習作/スケッチ/模写等について、
「Photostudy」と表記を改めます。



★追記2(2016/09/10)
サブアカウント(@tokihito_qal2)に掲載している絵について、「スケッチ」・「模写」等
(主に資料写真の原型の有無、その割合に依り)必要に応じて留意すべき点を併記しています。


★追記1(2016/05/30)
2016年5月より日頃の練習・スケッチ・らくがき・覚書き用のサブアカウントを作成しました(@tokihito_qal2)。
それに伴いsketch /study /scribble の併記を今後省略します。
オリジナル作品・ファンアートは引き続きメインアカウント(@tokihito)に掲載していきます。




◆スケッチ・模写について(8月27日に投稿した内容を再編)

スケッチは、「風景・事物などをおおまかに写し取ること」と辞書にあります。
見本そのままかどうかはそれほど重要でなく、全体から要点を掴むことを優先します。
私が普段題材としているのは、これまでツイートにて紹介したポーズ集や衣装資料、ファッション雑誌や解剖図等。
画力向上の為のトレーニングとして行ったものにsketchと併記し、その一部をツイッター上で公開しています。

模写はスケッチと違い、実物通りに真似て写すことが肝要だと私は認識しています。
写真に例えるならシャッタースピードや絞り、レフ板の角度まで再現する必要があるのかも。
自分の絵柄を出さず、対象をそのまま複写することが目的です。
下はその考えに基づいて、過去に私が映画ホビットの登場人物/タウリエルを模写したものです。
(左が映画公式ビジュアル、右が模写。)



また、スケッチと模写のその中間にあたるものに対し(主にCGでの習作)、studyと併記しています。

上記で取り上げた3つについて共通しているのは、"原作者は私ではない"ということです。
ゆえにそれらが私のオリジナル作品である、と主張する意図はありません。



ところでスケッチという言葉には、「曲の構想や主題を大まかに素描したもの」という意味も含まれます。
必ずしも眼前にあるものでなく、頭の中のイメージを描き出すという意味で使われる方も少なくないでしょう。
それに勿論、自分が撮影した写真等を参考に描くのならば、その作品の原作者を自分として発表することができます。
(ただし資料として自分が撮影した写真の中に、誰かの著作物が含まれている場合や肖像権には注意する必要があります)

同じく模写という言葉も、「似せて写すこと」という意味を持っている。
私が普段スケッチと呼んでいるものを模写と表現するのも間違いではありません。




・自分で撮影した写真や庭で摘んだ花を手元に描くこともありますが、説明が複雑になる為今回は割愛しました。
 今後自分の作品として発表出来るスケッチについては別の表記を考えたいと思います。 

・sketchやstudyに対し、scribble(=らくがき)と併記しているもの。
 これは私が作品を作る為に描く"作品未満のもの"、と捉えて下さい。手慣らしや実験の意味合いが強いです。






◆ファンアートについて

Web上で公開しているファンアートについて、これらはあくまでも個人的な趣味の範疇に留めておきたいため、
これまで何度か頂いたイベント関係のお誘いは5〜6年前を境に全てお断りしています。




・過去に制作した映画ホビットのファンアート、「In the shadow of the mountain」「The Realm of Mirkwood」
 「The Woodland Realm」「EREBOR」「Lake-Town」「The Ruins of Dale」、
 未完成の「middle-earth」「Lonely Mountain」は、映画に登場する風景を描いたものです。

・また、個人練習の一環として描いた海外俳優、モデル、他映画作品の一部イラストについて、
 その原案が私であると取り違えてしまわれた方がおられたようです。
 これらに関してもスケッチや模写と同様、私のオリジナルを主張するものではありません。




◆最後に

ここ数年、特にこの一年の間に周囲の環境だけでなく絵や仕事に関する考え方は大きく変化しました。
長く同じ人物の言葉を追っていれば考え方の変化や発言の意図を汲み取ることができますが
そうでない場合、何も知らない相手の理解を得ることはとても困難なように思われます。
異なる価値観を持つ人々が集まるSNSに於いてそのことに対する考えが充分に至らず、
幾らかの方にいらぬ誤解を与えてしまったこと、申し訳なく感じています。
人の数だけ言葉の捉え方はあるのだと再確認し、これからも言葉と向き合っていきたいと思います。

ここに記したことは、全て私個人の見解です。
誰かの考えを否定するものでも、自身の正当性を訴える為のものでもありません。
こういう考え方もあるかと頭の片隅にでも覚えていて頂ければ嬉しいです。




斎賀時人(2015/08/28)



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