甘く首筋を辿る指先に目を瞑りながら、白龍は口を開いた。
「…なんですか、ジュダル」
彼の考えることは分からないし、分かりたくない。
「ん、今から、どうやってお前を果てさせるか、考えてた」
制服のスカートを捲り上げられる。下着を割って、指先が身体を溶かしていく。
「っあ、」
「もう、こんなに濡れてる」
「…する、んですか…」
「声出したら、見つかるかもな」
白龍の部屋まで、後すぐなのだから、もう少し我慢してくれれば良いのに、と思う。それでも、外で白龍が声を押し殺して打ちひしがれるのを、彼は好むと、知っている。
「あんなに嫌がるくせに、お前の身体は、素直だ」
遠く、虫のなく声がする。
その日も身体は、強制的に快楽を植え付けられる。
夏の庭
目を覚ますと大体いつも身体は綺麗に拭われて、ベッドに収められている。ひたと触れられた首筋を触れると、そこには必ずあかく痕跡が残されていて、白龍は髪を人前で上げることはずっとできないでいた。
ジュダルがこの家に来たのは十二年前のことだった。その時はまだ二人の兄が生きていたし、玉艶は見せかけの優しさを取り繕っていたから、家には幸せがもたらされていた。ジュダルは、玉艶の息子、という名目上引き取られてきた少年で、彼は漆黒の瞳を白龍に向けて、ふうん、と言った。
あの時から、白龍はジュダルが苦手でならない。
それを知ってか知らずか、彼はやたらと白龍に張り付いて、
それは、まだ、白龍が、十五の時だった。
夜中に白龍の部屋に押し入ってきた彼は、白龍の身体を抱き潰した。
あの日から二年。兄が亡くなり、養子として迎え入れて貰った従兄弟の家に居候のような身である白龍に、「ばれたら一番まずいのは白龍だろ」と棘のある声で囁かれたその言葉によって、白龍の身体は縛られている。ジュダルが従兄弟とも知り合いだと知ったのは、その少し後だ。
(今日は、なにかお菓子を作ろう)
白龍はスーパーでカゴに材料を入れながら、隣の部屋に住む恋人の事を考えた。
ジュダルから逃げるように寮制のシンドリア高校に転校した際に、わざと携帯を庭池に落として壊し、新しいものに変えてもらうついでにアドレスも番号も変えた。
シンドリア高校に移って初めて出来た友達がアリババで、これは後々付き合うようになってから分かったのだけれど、二人ともお互い、一目惚れだった、らしい。自分の昔の話はひた隠して、忘れたふりをした。
明日までのレポート課題をまだ終えてない、とアリババは学校で言っていたから、今日はどうせ夕飯など作っている暇は無い筈だ。三週間もある提出期間を何していたんだと言いたいが、それが彼らしくて、くくっ、と笑って白龍はカゴに夕飯の具材も放り込んだ。
「おい、お前」
不意に、背後から声が掛かる。ぐっ、と肩を強く引かれて、白龍はぞくりと下唇を戦慄かせた。その感触は、身体が良く覚えているもので、きゅ、と唇を引き結ぶ。
「何で、あなたが…」
「全然音沙汰ねえからさ、知り合いに探して貰ったんだよ」
「知り合い…」
昔よく家に来ていた、黒の背広をきた男たちだろうか。
「何しに来たんですか」
「今のところは、顔を見に来ただけだから、あんまりそう冷たくすんなって」
ジュダルの言う今のところ、はあっという間に変わるので、信用してはいけない。
ジュダルは愉悦を含んだように笑って、する、と白龍の肩を撫で下ろした。
「時間あるか、なんか奢る」
「結構です」
どうせ暇だろ、と言われて、そんなことはない、アリババの夕飯を作りたいんだ、と思ったが、白龍に彼氏が出来たなどと聞いたら、ジュダルが何をしでかすか分からない。どちらにしろ暫くの間はジュダルはシンドリア高校の近くに居座るだろうし、アリババとの接触は避けられ無いだろう。
今ここで不機嫌にさせたら、アリババに迷惑が及ぶかもしれない。それは困る、と白龍は溜息を吐いた。
「…少し、だけなら」
立ち寄ったのは、寮から少し離れた喫茶店で、一度だけアリババに連れられて入ったことのある店だった。マスターがアリババと知り合い、ということだったが、白龍のことはさして覚えていないだろうし、なにより、学校からも遠いので、アリババは今日は来ないだろう、という目論見だった。
本音を言えば、アリババが来てくれると気持ちが楽になるのだが、今回ばかりは仕方がない。
薄暗い顔でドアをくぐって、奥の席に座る。
「なんで、隣座るんですか。向かい席だっていいでしょう」
「別にいいだろ」
近況がどう、とか、他愛ない話をしてくるので、珍しい、と白龍は眉をひそめた。
「あれ?白龍?」
明朗な声が通って、はっ、と白龍は目を見開く。
「あっ…アリババさん!?」
「たまたま来たらさ、白龍の姿が見えたからさ」
たまたま、の割には随分息堰切って来たようで、もしや、と白龍はカウンターを振り返る。すると、マスターは、お手柄だろ、と言うようにウインクしたので、そっと頭を下げた。
「なんだよ、彼氏か」
ジュダルが不機嫌そうにアリババを指す。
「友達、です」
アリババは、え、と困惑した後、白龍の様子に気付いたのか、どうも、と話を合わせるように会釈した。
「この人は、親戚の兄で、ジュダルです」
はあ、とアリババは白龍の向かいに座る。ジュダルは、へえ、と唇の端を上げた。
「彼氏か。早いな」
その言葉には棘がある。 その場しのぎの取り繕いが見抜かれたのか、彼の知り合いとやらの情報に入っていたのかは知らないが、ほっといてください、と言うと、ジュダルは笑っただけだった。
「あのさ、レポート終わんないんだけど、後で教えてくれねえかな」
「なんなら、今でも」
「え、でも」
「良いんです、こんな人ほっといて」
「ならいいけど…」
下手に会話をするよりもレポートを手伝っていた方がましだ。アリババは鞄からまだ真っ白に近いレポートを出して、これがわかんなくて、と頭を抱えた。
白龍が説明をしながらシャーペンを握る。その拍子に、ジュダルの手が、制服のスカートの下に潜り込んだ。白龍がぐっとジュダルを睨むと、彼は素知らぬ顔で水を喉に流し込む。机の下の出来事なので、アリババには気付かれていない。
やめてください、と手を叩き落とそうとして、白龍は、言葉に詰まった。
(それで、もし、昔のことを、彼がばらしたら、)
あんな悪夢のような過去が、アリババに知れたら。
「白龍?」
「いえ…」
話を続ける。指先が、内腿を滑って、下着越しに触れた。
もう、暫くの間、触れられていなかったのに。その身体はその手に、素直に従う、だけだった。
肌に、直に触れられる。身に覚えのある、痺れが腰から背中に這い上がった。ひくりと一瞬身体を揺らす。やがて、指先は離れていった。
ふ、と小さく溜息を吐く。一瞬、白龍を見たアリババの瞳が、鋭くなった気がした。
「じゃあ、また、着替えたら、すぐいきますね」
寮に戻ってきて、白龍はアリババにそう告げる。これならジュダルも長居は出来まい、と、散々追い払ったのに着いてきたジュダルを見遣った。
がしゃん、と重たいドアを閉めると、白龍は眉を吊り上げた。
「どういうつもりですか!わざわざ、アリババさんの、目の前で…」
「でも、ちゃんとイッたお前もお前だけどな」
ジュダルは白龍の手首を掴んだ。
「なんで、出ていった?携帯も繋がらねえし、白瑛も紅炎も居場所吐かねえしさ。あいつら、俺たちのこと、知らないんだろ?」
「勉強に集中したいから、言わないで欲しいと、頼んだんです」
「へえ、立派に嘘吐けるようになったんだな」
フローリングのリビングに、力任せに押し倒されて、痛みに白龍は顔を歪めた。立てた膝で、スカートが捲れ上がる。ジュダルは白龍のセーラー服のタイを引き抜くと、ぐっ、と手首を縛った。
「やめてください!ジュダル!放せ!」
「声出したら、隣の部屋に聞こえるぜ」
かぶりを振ると、薄い壁が視界に入る。
「…んっ」
手早く下着だけ取り払われて、熱く溶かすように舌が這った。
「さっき触ったせいで、もう、俺の、咥えられんじゃねえの」
「や、だ、」
「お前、アリババと、何回した?」
「…何回、だって、良いじゃ、ない…っ、ですか」
ベルトを外す金属音がする。脚を、抱えられる。
「…っ、ああっ!」
アリババとは、一度だけ、押し倒されるところまでは進んだ事がある。けれど、その時は白龍が、ジュダルとの事を思い出して、初めてでないことがアリババに知れてしまうのが怖くて、突飛ばしてしまった。アリババは、白龍が平気になるまで、待ってる、と笑って、それ以来、キスと軽いボディータッチ以外はしないでいてくれている。それなのに。
「っあ、やだ、ジュダル!」
身体の奥で、熱が暴れる。
「当ててやろうか。お前、まだ、一回もやってねえな」
「んっ…!、あ、ああっ、放、せ…っ」
「お前、抱かれ癖、変わってねえ」
「そんな、こと、」
目の端に、涙が滲んだ。
不意に、玄関でノック音がした。
「白龍ーっ、ヘルプーッ、レポートにお茶溢したーっ!」
ちっ、とジュダルは舌打ちをして、さらに奥を抉り上げた。
「…っ、んっ…」
腰を押さえ込まれて、がくがくと足の爪先が宙を描いた。
「あっ…はいっ…、今、行きますから、あと、っ、ちょっと…っ、待って、ください…」
「分かった!」
「口、塞ぐなよ」
ジュダルがスパートをかける。
「んっ、あっ、ああっ、っく、……きもち、いい…っ」
歯を喰い縛って、ぼろぼろ涙を溢して、快楽に溺れながら、
ただ、ただ、アリババを想った。
また来る、と言ってジュダルが去っていった後、白龍が急いで着替えて、食材を持って隣の部屋を訪れると、アリババが温かいスープを入れてくれた。
「お茶溢したって…」
「あ、あれな、湿らせたティッシュで拭いてドライヤーかけたらなんとかなったわ」
そんな莫迦な、と思いながら、使用された形跡のないドライヤーのコードを見た。くるりと一番端を巻いて、コードが絡まらないようにするのは、白龍の習慣で、三日前に借りた時に、そうしたまま、の筈だった。
「白龍、大丈夫か?」
「え?」
「いや…シャルルカン先輩がさ、尋常じゃないヤバい雰囲気で白龍が店に来てるってメールくれたからさ、慌てて行ったんだけど、お前、ずっと顔、引きつってたから…」
「あ…まあ…彼は、苦手なので…」
俺も、とアリババは頷いた。その時、アリババが手首に残るタイの痕に気付いているだなど、思いもしなかった。
インターホンが鳴って、白龍はベッドから這い出した。今日が休日だから、というのと、今のところまだ一日目以来やって来ていないジュダルのことを忘れたくて、アリババと夜遅くまでゲームしたりと遊んでいたのが眠さのせいに違いない。
「は、」
玄関先に立つジュダルに、白龍は思考が停止した。ジュダルは白龍ごと部屋に押し入る。
「なあ白龍、お前、アリババの部屋行くだろ」
半年前まで見慣れていた、小さなコードをジュダルは白龍の手に乗せた。
「覚えてるだろ」
「あ…、」
「どうせ、とりあえずここに滞在するのは明日迄だし、これくらいは遊ばねえとな」
「明日、ですか」
今日さえ乗りきれれば。もういっそ、今夜はアリババや、友人のモルジアナやアラジンの部屋に泊めて貰うのも良いかもしれない。そうすれば、一旦は、またジュダルは来なくなる。
「あんだよ」
「いえ」
「ほら、早くしろよ」
白龍は、ぱたんとトイレに駆け込んだ。
「こんにちは」
部屋に顔を出して、すみません、こんなのが着いてきて、とアリババに囁いた。アリババは気の毒そうに笑った後、とりあえずお茶入れるから待ってろ、とキッチンに向かった。
追い掛けようとした白龍の腕をジュダルが掴む。耳元で、カチッ、と無機質な音がした。
「…っ、!」
身体の中で、嫌な振動が暴れ始める。膿むような熱で身体が火照って、震える脚を叱咤して、白龍はスカートを握り締めた。
アリババが持ってきたお茶を受けとる。
「…っぁ、」
カシャン、とマグカップを落として、白龍は踞った。
「白龍!?」
「ごめんな、さい…っ!」
慌ててアリババが白龍の腕を掴むと、彼女はその手を振り払って、その勢いで床に崩れる。
不自然に震える脚、はっとアリババはジュダルを見上げた。
「お前っ、」
「わりと、気付くの、早かったな」
ジュダルはアリババの鳩尾を蹴り飛ばした。
「アリババ、さん!」
がん、とぶつかる音、ジュダルは白龍に向き直ると、手に握られたスイッチを押した。
「…っ、ふ、あ、」
ぼろぼろと白龍の頬に涙が伝う。
「気付かれちまったし、もういいか、このままで」
ジュダルは屈んで、白龍の脚を掴んだ。
「どうせ、『いつも』みたいに、もう溶けてんだろ」
「ちっ…が、う!」
白龍の細い肩が、床に叩きつけられる。
「いやだああああっ!やめろっ!はなせっ、やだ、やだあああっ!」
「そうやって抵抗すると、初めての時を思い出すな」
ああ、知られてしまった、と白龍は頭の片隅で思った。もう二度と、アリババと前のように会話など、できない。
「ふざけんな!」
ジュダルの身体が、視界から消える。鈍い音がして、アリババがジュダルを殴ったのだと気付いた。手からスイッチを奪い取って、白龍に投げる。慌てて白龍はそれを切った。アリババはジュダルを玄関の外に押し出した。
「帰れ!二度と来るな!次に白龍に手を出してみろ、殺してやる!」
チェーンロックまで掛けて、アリババは白龍の傍に駆け寄った。
「あ、アリババさん…その、傷…」
頬の横の傷を辿ろうとして、白龍は手を引っ込めた。こんな身体で、触るなんて、できやしない。
「大丈夫、そこの角で、切っただけ」
そう言って、白龍の頬を撫でようとしたアリババの手が止まる。ああ、やっぱり、と白龍は目を伏せた。
「…すみません…」
全部、隠していたこと。
アリババは、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「俺の事は、怖くない?」
「え…?」
「触っても、抱き締めても、平気?」
訳も分からずに、がくがくと頷いた。
「よかった」
アリババはほっとしたように白龍の身体を掻き抱いた。
「…きらいに、ならないんですか」
「なんでだよ。悪いの、お前じゃ、ないだろ」
でも、とスイッチを握りしめる。
「でも、これを、入れたのは、自分自身です」
「そんなの、あんなやつに命令されたら、仕方ないだろ」
「でも、」
「でもじゃない。俺はそんなことで、白龍を嫌いになんかならない」
そもそも俺も、状況はもっと緩いけど、半分そんな風にして生まれてきたんだぜ、と笑って、白龍を安心させるように背中を軽く叩いた。
「つらかったな」
「…ぅ、あああああっ」
白龍は、アリババに抱き締められたまま、初めてジュダルとのことを泣いた。十五の時に、初めて関係を持ったこと、ジュダルが自分を好きであると知っているから、拒めなかったこと、ずっとずっと、こんなことが続いてきたこと。
「白龍」
「…はい」
「俺のこと、好き?」
頷く。
「もう少しだけ、待ってようと思ったんだけど、」
アリババは、そっと耳元で囁いた。
「今夜は、帰さない」
初めて、全てが許された気がした。
「…はい」