phychology


実験体04、と称されたの拷問日記。
其処にはあの女の恐怖や戦慄の記録が残されていた。


あの後、傷だらけでふらふらのにさっさと家に帰れ、と宣告し、迎えを呼ばせた。多分あのまま放っておいたら傷だらけで衰弱した体に鞭打ってでも森野に謝りに行っていただろう。すぐさますっ飛んできた黒塗りの車の中から出てきたのはいつだかに光山と呼ばれていたボディーガードの一人だった。彼は今にも泣きそうな顔でに何度も何度も「大丈夫ですか?!」と言っている。
はお腹空いた、だとか眠い、だとか余りにも間抜けな事ばかり言うものだから光山さんはすっかり毒気を抜かれてしまったようでがっくり項垂れていた。車の中からまた一人、出てくる。確か・・・黒井と呼ばれていた人だ。彼は無表情に僕に一礼した。その瞳は咎めるような色で、彩られていた。けれど光山さんの「帰るぞ!」という言葉に黒井さんは車の中へ戻っていく。
去り際、は僕の方へ近寄り、鞄からノートパソコンを取り出した。笑む顔はこのパソコンにこそ僕の知りたい事が書いてある、とでも言いたげな顔だ。
僕はそれを受け取り、笑った。も珍しく柔らかく笑い、口を開いた。

「ありがとう、神山」
「・・・さあね」

曖昧に笑うとは大人しく車の中へ戻って行った。このやり取りを見ていた光山さんが僕を見て、納得していない顔で一礼し車へ入って行く。
別に嫌われてもいいんだけどね、彼等には。黒塗りの車を見送り、僕は鞄の中へパソコンを入れてから歩き出した。
もう今日は家に帰ろう。



『左手首にあった傷は許せない。だってあの神山がつけた傷。私がつけた傷なんかが勝てるわけが無い。許せない。許せないと、私は想う。これは多分嫉妬で憎しみで怒り。
それからそれで変化してしまったさんの反応も許せない。もしあの傷が無かったらさんの反応は全然違っていたはずなのに。許せない。
兎に角、私は、神山樹が嫌いだ。』

「別に君に嫌われても痛くも痒くも無いけどね」

もう会う事も無いだろうし。

「けど、今度会ったら・・・殺す、かな」

くつり、と僕は笑う。
が傷付けられて、僕は本当に平気じゃいられないんだ。(自分でやっておいて何を言うんだ、って森野には怒鳴られそうだけれど)
あの地下室。無機質で、霊安室を思い出させるあの場所で血まみれになりながらベッドの上に横たわるを見た瞬間――血の気が引くようだった。自分でああしておいて難だが、本当に僕は恐怖した。もし何かあったら、殺すつもりで持って行ったナイフが机の上で輝いていた。不思議とナイフは静かなままでそこに鎮座している。

さんと少し雑談をしてからメスで切りつけた。途端、さんは無表情になってまるで痛覚と体と心を切り離したような感じになってしまった。それをさんが自覚しているのかどうかは解らなかったけど、いくら切りつけても、腕を切っても、足を切っても、まったく何も反応を返さない。
恐ろしくなってメスを引いた。さんの反応はやっぱり無い。
私はノートパソコンを引っつかんで地下から駆け上がった。その時私はさんへの本当の恐怖を始めて味わった。』

無表情、無反応。
の防衛本能が痛覚と身体を引き千切ったのだろうか?僕のあの、傷を受けて。その理由はどうでもいいけれどがそういう反応をしたのは知る事が出来た。僕は大方満足だった。
キィ、と音を立てて僕は椅子に背を預ける。目を閉じると浮かんでくるのは血の色との灰色の瞳。
あの傷跡達が残らなければいい。



「おはよう、森野さん」
!心配したのよ。神山君に何を言っても何も教えてくれないし・・・」
「それでいいよ。森野さんには巻き込まれて欲しくないしね」

淡く笑うと森野さんはしばらく瞬きをしてから微笑んで溜め息を吐いた。

「無事でよかったわ」
「ありがと」
「ところで、一体何だったの?」
「・・・あ、はは」

やっぱり森野さんは何も知らないようだった。



「どうだった?」
「面白かったよ」
「良かったね」

不満気な顔をしてみせると、神山はくつりと笑った。

「人を実験道具に使わないで下さいー」
「悪かったよ」
「謝った!」
「煩いな」
「いや、まさか謝るとは思って無くて・・・」

そう?と神山は何気ない顔で言った。本当に神山の一挙一動にはことごとく驚かされる。

「ねえ、神山」
「何?」
「それを知りたいなら、もっと後・・・私が死んだ後でも良かったんじゃないの?」
「・・・何でそう想うんだい?」
「別に・・・」
「僕は知りたいとは思ったけれど、が死んで欲しいとは思ってないよ」
「あ、そう・・・」
「意外?」
「ん、ちょっと」
「・・・そう」

神山は笑った。


「何?」
「傷は平気?」
「うん。どれも、浅いし・・・。傷跡は残らないって。あ、けど・・・神山がつけたのはある程度深さがあるから薄くだけど残るかもとは言われた」
「・・・そう」
「神山?」

神山は、笑った。
実に満足気に。実に幸福そうに。実に嬉しそうに。


「早く、治るといいな。
「・・・・う、ん」


じわりと、熱いものが込み上げてきたようだった。


(051008/080211)
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