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死体を渡る橋の上 「うお」 短い悲鳴、の様な軽い声が聞こえた。低く響く、うっとりするような甘い声だったから多分男だと思った。私は闇夜に紛れるような黒いコートを地面から拾い上げてやっぱり真っ黒な服の上から羽織った。私はリナリーみたいにあんな可愛らしい団服を着る気は無い。(私のコートは神田よりも素っ気無いと良くデイシャに言われる) 闇夜に紛れるような真っ黒な髪の隙間から見えたのは、浅黒い肌に黒い髪のアラビアを思い起こさせるような男だった。シルクハットと燕尾服なんてふざけた格好で、ふざけた目をして口元を歪ませている様に私は微笑んだ。 「だれ?」 男はびっくりした様子で肩を揺らせて私へと視線を向けた。まさかこれだけ死体が広がる中に私という生きている人間が一人立っているなんて思いもよらなかったんだろう。(ついでに私、童顔だし) 「手酷くやったな」 「余計なお世話」 そう言い捨ててイノセンスの銃をホルスターに戻す。真っ黒な銃はシンプル過ぎる程シンプルで、ただ側面に十字架。 神の使者、エクソシスト。 だけど私は神の使いなんてしていない。私はただ復讐してるだけ。ただ単に、家族と居場所を奪ったアクマに復讐を繰り返してるだけ。だから誰が死のうが構わないし、邪魔ならむしろファインダーでも殺すし。(だからコムイさんは私にファインダーもエクソシストも付けないんだ)でも今回は偶々私しかいなくて、だからコムイさんは私を向かわせて、それで私は私以外全部を殺した。(だって皆邪魔だったし。あっちをウロチョロこっちをウロチョロ。まあ、イノセンスが無事だったからいいじゃんね) 「すっげー。お前、エクソシストだろ?」 「うん」 「これ、仲間じゃねーの?」 「仲間ってさ、何か偽善っぽい感じの響きだよね。私、嫌いだよ」 「ふーん・・・。あ、俺ティキ」 「うん。私、」 この男、ティキはこの状況にいっさい動じることなく、私の方へ一歩一歩と確実に歩み寄ってくる。死体を踏みつけて、死体の上を渡り歩いて、さながら三途の川を死体を橋にして渡るような姿。 私はぼう、っとそれを見続けている。 ああ 殺され たい 。 ティキは私の目の前ぴったりで止まって血がついた顔を指先で拭ってくれた。寒気がする行動に思わず眉を顰めると、ティキは苦笑いを浮かべてその血を舐めた。もしかしたらアクマの血かもしれないのに、ああ。でもティキに何も怒らなくてアクマの血じゃなかったなあ、と安堵する。 安堵? 「、」 「なに?」 「これ、全部お前が殺したのか?」 見渡す限りの死体が広がる大地を、ティキは無表情で見渡している。私は呼吸が出来なくなった魚の様にピクピクと動く指先をコートに掠めさせる。 何かがことりと動くように、私は小さく一つだけ頷いた。ティキは「そっか」と微かに笑って私の頭を白い手袋をした大きな手で撫でてくれた。 「其処で死んでるの、エクソシストだろ?黒いコートの・・・」 「うん」 「名前、知ってるか?」 ふるふると首を横に振る。ティキはまた笑って、それからしゃがみ込んでその死んでる男のコートの銀細工を毟り取った。裏返せば多分、其処に名前が書かれている筈だ。 「ハズレ」 「はずれ?」 「そ。俺が探してるエクソシストじゃなかった。でもま、コレは土産にもらってくな」 「うん」 素直に一つ頷いた。ティキは少し意外そうな顔をして私を見つめてきた。私はその意味が良く解らなくて首を傾げてみせた。 大地がいつしか屍を弔う事をやめて静まり返っていた。 「何も聞かねえの?」 「うん」 「いいのか?」 「うん。・・・その代わりね、」 「あぁ?」 ティキの燕尾服を握り締めて胸に顔を埋めた。 「またあいにきてね」 一人で帰って、イノセンスを届ける。コムイさんはやっぱり顔を顰めていたけど私を向かわせた時点で全員死ぬなんて解っていただろう。きっと今頃あの大地に処理班か何かを回しているだろう。(いつも通り科学班は忙しそうだった。ああ、リーバーさんがこけた) 「君」 「はい?」 くるりと振り返る。 「今日は顔に血、ついてないんだね」 コムイさんは鋭い目で笑った。私は柔らかく笑った。 「はい。拭ってくれました」 「誰が?」 やっぱり鋭い目のコムイさんに私は口元だけで薄く笑って部屋を出た。 ティキは言った。 『じゃあ、俺の事、誰にも言うなよ?』 少しだけ面白そうに、でも優しそうに笑って頭を撫でて抱き締めてくれた。 私はまたティキに会えると思った。 |